雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

「煌めき」2

「煌めき」2

 二人は乗り物から少し離れた場所に有るベンチに座っていたから、
 まだ飛行機に乗って何も知らない子供達は楽しそうに手を振り笑っている。

 君は答えを求めるように子供達の方を見つめた後、少しだけ考えさして下さいと言い。

 

「返事は何時でも良いですから、子供達と相談してもらってからで」と彼は急かす事もなく、
 落ち着いた様子で笑って応える。

 

 子供達と相談してからでと言う彼の優しすぎる性格が可笑しかったのか君は笑いながら「はい」と答え、
 照れくささを隠すように子供達を見つめ帰りを待つ。

 

 そんな君の笑顔を見た時に自分の姿が完全に消えていくのに気付く。
 きっと二人なら幸せになれるだろう、直感的に察する何かが影響しているのは間違いなく。
 もう自分に残された不思議な時間が僅かしか無い事を理解するのに、そう時間は掛からなかった。

 

 其れでも神様には感謝している。
 こんな姿でも。
 この世界に残してくれた時間が在ったからこそ知る事が出来たと思う。
 自分は幸せ者だったと。

 

 もう見守る事すら出来ないと悟ったからか、思い出すのは君との事ばかりで。

「俺と付き合って下さい」「結婚しようか」と伝えた時に二つ返事で「はい」と返した君が笑顔だった事や。

 無菌室でも力強く手足を動かし、呑気にアクビする息子の姿を二人で何時間も見ていた事。

 ずっと早起きして弁当を作ってくれた事。

 自分が亡くなり、頭が見えなくなるまで布団を被り泣き疲れた君が眠りについた静かな朝方も。

「お父さん帰ってこないの?」と娘が聞いた時に精一杯の作り笑顔だった事も。

 全てが鮮明に思い出せる
 年甲斐も無く。
 まだ若かった頃と同じように。

 

 一つだけ解らなかった事が在った。
 素直に応援する事も出来ず、何故あんなにも彼を認めたくなかったのか。
 其の理由が解った気がした。
 きっとこうなるのが解っていたから。

 

 もう少しだけ。
 神様あと少しだけ一緒に居させて下さいと幾ら想ってみても、
 其の願いが叶わない事を消え始めた姿が物語っている。

 

 子供達は覚えているだろうか。
 初めて行った遊園地のシューティングアトラクションで、撃ち倒すはずの化け物を恐がり泣いた事や。

 自宅前の道路で花火を一緒に見ていた時に、野良猫も花火を見ていて笑った事。

 母の日に君に渡す花を選ぶのに一緒に悩んだ事。

 君の帰りが遅くなった日、どれだけ本を読んであげても淋しがって眠らなかった事。

 思い出す日々はまるで走馬灯のように駆け巡り、後悔だけが積み重なっていく。

 

 アトラクションから降りた子供達が駆け出して行ったのは、
 君と彼が今日撮った写真のデータを見返している時だった。

 慌てて自分は追いかけるが振り返って見ても、まだ二人は気付いていない。
 駆け込んだ先は生きていた頃ソフトクリームを一緒に食べた売店だった。

 

 そんなに広い遊園地ではないとはいえ子供の足は速く、一度見失うと簡単には見付からないだろうから心配だ。

 そんな思いとは裏腹に立ち止まり自分を見上げ「アイス食べたい」とねだる子供達は楽しそうに笑っていて、
 いつまでも何だか解らない存在の自分が怖くないのか不思議だった。

 

 もう其れも解らないまま消えてしまうのかと思うと、せめて君が子供達を見付ける迄と願うしかない。
 とはいえ何だか懐かしい気持ちになるのは、まるで子供達が自分を父親だと理解しているようだったから。

 

 子供達が言うアイスはソフトクリームの事で、誰でも何となくは解るだろう。
 だが一瞬で其れが解るのは、子供達との言い直す会話を覚えているから。

 勿論この姿になってからは会話が出来る訳ではなく。
 身振り手振りで無理だと伝えると
「お父さんまたお金無いの?」と子供達は不満そうにイミテーションのソフトクリームを眺めている。

 

 驚きだった。
 ずっと自分が父親だと解っていないと思っていた。

 大袈裟に頷くべきか悩むが、もう子供達の興味は他の事に移っている。
 其れ以上に喜びが大きからか、口元の緩みと涙が止まらない。

 

 間違えようもなかった。
 感覚が無くなった今でも解る。
 自分で思っていたよりも自分は父親を出来ていたのかもしれない。

 

 あの時も子供達は気付いていたのだろうか。
 春の歌に乗り、娘がランドセルを背負う姿を自慢気に見せていた時も。

「これはお父さんが買ってくれたの」と声を揃えて怒る子供達が捨てられそうになった玩具を君から取り返し。

 もう何年も触っていないロボットとヌイグルミを抱き抱え、自分の横に座った時も。

 

 あの時と同じようにアイスを買ってあげる事は出来ないが、想う事は出来る。
 ただひたすら家族の幸せな未来を。

 其れは今自分が消えてしまってもずっと変わらない。


 時間にしたら数分だったが、君と彼は必死に探し駆け回っていたのだろう。
 子供達を見つけ駆け付けた二人は同じように息を切らしている。

 

「勝手に行ったら駄目でしょう」

 

 そう言った君の表情は怒るよりも見付けられた安心に満ちていた。

 

「もう迷子になるかと……」

 

 そう言いながら君はじゃれる子供達の頭をグシャグシャと撫でて笑い掛けている。
 今日来た理由の花火が上がったのは其の時だった。

 打ち上がる花火を見上げるよりも子供達の表情を気にする君が笑顔だからか、何だか自分も安心出来た。

 

 そう思うと映る景色全てが薄らいでいく。
 もう真っ白で何も見えないし何も聞こえない。
 やっぱりお別れなのか・・・。

 

 君ならきっと大丈夫。
 相手も好い人そうだったし、覚悟も有る。
 子供とも仲良くしてくれてるから、きっと幸せになれる。

 

 其れでも・・・。

 其れでもお父さんは心配だ・・・。

 そういえば。
 さっき子供達を見て安心したように駆け寄る君と一瞬視線が合った気がする。

 もう見えていないと解っていても照れくさいなんて相変わらずだが。
 其れでも良かった。
 今日も君は笑えている。

「煌めき」1

「煌めき」1

 気を使われるよりも甘えてほしい。
 生きていた頃の生活は、そんな自分の想いとは裏腹な出来事の方が多かった。

 

 夜勤明けで眠たいだろうからだとか、眠るのが遅いからだとか。
 わざわざネットで調べた早寝をする知識を丁寧に教えてくれたり。
 冷蔵庫には栄養ドリンクが常備されていたり。

 心配されるのは嬉しいが其れよりも大事にしていたのは家族と一緒に居る時間で、
 もっと大事にしたかったのは二人の時間だった。

 

 職場は昼夜交代シフト制だから子供と出掛けられるような日は少なく。
 土日が夜勤明けなら眠っていなくても子供を連れ出し。
 子供達は父さんのモノマネと言ってはアクビをして、よく一緒に笑っていた。

 多少無理してるように見えたとしても大抵の事は君が笑えばなんともなくなるし。
 きっと其れは君も同じだったのかもしれない。

 

 行き帰り車の運転で事故しないように、
 出掛ける場所は殆ど近場を選んでいたから「またここ~」と子供達は不満がっていた。

 其れでも遊び始めれば忘れて笑っているのは自分が思っているのと同じで、
 子供達にとっても何処に行って何をするかよりも大事な時間になっていたと思う。
 例えば一緒に居るだけで何もしていなくても。

 

 子供だけを連れ出す時も多かったけど其れは君に休みをあげたかったからで、
 君に家事を押しつけたかった訳じゃない。
 其れでも真面目な君が休んでいた様子は無く、帰れば部屋は片付いていて夕飯が出来ている。

 日々そんな調子だから二人の時間を作るのは難しく、
 もっと自分から行動を起こし誘い出せば良かったと後悔していた。

 

 とはいえ二人で話す時間が少なくなっても会話は聞こえているから、子供が笑えば大抵君も笑っている。

 其れが解っているからこそ、子供達との遊びや会話は色々と試しふざけるようにしていて。
 食事中では苦手な食べ物のフリをしては、それこそ芸人さながらに顔芸してみたり。
 TV番組の真似をして突然クイズを始めたり。

 

「食べ物の中で何が一番好き?」

 

 みたいな何て事ない質問も聞いてみたら意外に予想と違ったりして、思ってもいない笑い話になったりする。

 子供達の成長は早いから、昨日笑ってくれた事も今日笑うとは限らないし。
 それこそ小川の水面に反射する朝日の煌めきのように、両手でも掬う事は出来ず時と共に移ろい続けていく。

 

 だからこそ其の時間を共有する事はかけがえの無い事で、誰もが家族優先になっていくのだろう。
 どれだけ人種や国が違えど変わらず同じように。

 

 今でこそ子供達は家でゲームばかりだが、
 其れは連れ出していた場所の多くがゲームセンターだったからかもしれない。

 公園なら健康的だし金も掛からないのは解っているが、寝てもいない自分にそんな体力は無く。
 選択肢は有って無いように思えていた。

 

 勿論こずかい制だから自分の使える金額には限度が在り、
 同じ金額を子供達に渡しても必ず満足して帰れるとは限らない。

 

 息子だけがクレーンゲームで景品を取れたりすると、娘の不満は云うまでもなく。
 可哀想だからと有り金を全て使い娘の分を取ろうとするが、結果は何も取れず。
 帰り道自慢する息子を横目に「本当にお金無いの?100円も無いの?」なんて娘から言われたりする。

 

 息子が運良く取れた其れは靴に付ける飾りだったが、冷静になって考えれば買った方が安いの位は解る。
 だが寝ていないからか熱くなってしまったのか、其の時は単純な考えにすら至らない。

 

 数日後クレーンゲームでは手に入れられなかった物を買いに出掛けるが
「カワイイのが無い」と中々決まらず何店も探し廻ったりする事になる。

 いつの間にか子供達が行きたいと言う場所がゲームセンターばかりになってしまったのも、
 こんな調子で変われない自分のせいなのだろう。

 

 もっと色んな場所に連れて行けば良かった。
 どれだけ遠くの場所だろうと、お金が幾ら掛かろうとも。

 そんな気持ちが少しだけ和らいだのは、
 あれから何度か君と見合い相手が出掛けた先が全て行った事の在る場所だったから。

 

 勿論子供達も一緒だったし、二人が邪険に扱われてもいない。
 相手に再度会おうと電話やメールでのやり取りが続き。

 

 子連れなのを遠慮してか気を使ってかは解らないが、
 君が何度か断った上での会う結果だから相手が其れなりに真剣なのも間違いはない。

 

 とはいえ自分が心配するのは当たり前だから、探偵さながら彼を付け回し。
 職場での態度や接し方、生活での人柄。

 意地でも悪い部分を見付けようとする悪意から躍起になっていた。
 そんな行動に意味が無いと解っていながら。

 

 彼はタバコこそ吸うけど酒は殆ど呑まないし、ギャンブルは全くしない。
 誰に対しても人当たりは良いし、仕事でも何かしら文句を言う事は無い。

 経済力は自分と大して変わらずだが、互いに一人よりは良いに決まっている。
 そんな相手だったからか、どれだけ探した所で特に悪い部分なんて見付けられなかった。

 

 例え見付けたとしても、何も出来ないのが解っているのだから結局願うしかない。
 より良い人であってほしいと。
 自分が調べたよりも、只ひたすら良い人であってほしいと。

 

 相手を認めれば認める程に感じる自分の無力さと、薄れていく朧気な姿。
 こうして消えていくのだろうか。
 不可思議な存在のまま。
 自分だと気付かれる事も無く、それこそ思い出と同じように。

 

 あれからずっと立ち止まったままでいる自分とは違い、現実の時間は進んでいく。
 次の行き先は遊園地だった。

 

 自分も何度か連れて行った事の有る場所だなんて、比較して強がってみても意味は無く。
 よく行っていた動物園と同じようにソフトクリームを喜んでいた思い出も、
 もう子供達は忘れてしまっているだろう。悲しいが其れで良いと思う。

 何が出来る訳ではない今の自分より、子供が楽しむだろう場所に連れ出せる彼の方が父親らしく。
 どうしても認めたくないと思っていても、もう自分は心の何処かで許してしまっているのかも知れない。

 もしも君と付き合うのが彼ならばと。
 其れでも結局は二人が決めるしかない人生だから、せめて少しでも良い未来を信じ見守るしかない。

 それこそ自分が生きていた頃よりも幸せで明るい未来を。

 

 先を急ぐ自分の思いとは裏腹に実際はまだ付き合っている訳ではないから、ちょっと移動するだけでも大事で。
 子連れなのを気を使ってか何かにつけて遠慮していた君を、彼は優しく補い助けていた。

 

 増えていく君の笑顔が信頼の証しなら、彼を認め始めているのは君も同じようで。
 そんな彼の人柄に変わりだしたのは君だけではなく、話し掛けるようになりだした子供達も同じだった。

 

 もう自分が必要の無いような状態でも、遊園地の乗り物に乗る子供達は自分にも手を降ってくれる。
 生きていたあの頃と同じように。

 ナイトサービスを狙って夕方からだったおかげだが、自分も一緒に居ると実感出来るのは素直に嬉しい。


 飛行機を模した乗り物が一週する毎に子供達は自分にも手を振り、
 自分も大きく振り返す。笑わせようと大袈裟に飛び跳ね、まるでピエロのように。

 だが子供達を待つ彼と君の笑顔を見た時に、自分が今まで以上に消えていくのを感じる。
 其れは気のせいなんかじゃなく、確実に影響していた。

 

 まだ子供達には見えているのだろうか。
 もう自分には時間が残されていないのだろうか。
 そんな不安だけが頭を過る。

 彼が君に用意した指輪を見せたたのは其の時だった。
 

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