雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

⑦<天国と地獄の確率>

<天国と地獄の確率>

所変わり現代。

 

娘が何万人に一人という確率の難病だと解ったのは、妻に先立たれ一人娘との生活も落ち着いてきた頃の出来事だった。

 

眠りについたまま目覚めない娘を不安に思い、医師を呼んだ結果である。

現代の医療技術では出来る事すら無いという医師の宣告を聞いてから、長々と続く説明は何も頭に入らなかった。

 

寝返りも無く。そのまま寝ている状態では床擦れになると言われ入院したが、退院の可能性は無く。

何を食べても何を見ても心が感じない位、その日から世界はモノクロに変わった。

 

どうして娘が、幾ら考えても答えなんて出る訳もなく。

もう死んでしまおうかなんて思う時は何度も在ったが、目覚めない娘を残す事が出来ず。

奇跡でも医療技術の進歩でも何でもいいから、娘が目覚める事を信じるしかなかった。

 

仕事が終わると病棟に行き娘に語りかけ、家に帰り飯を食い風呂に入り眠る。

そんな生活が一ヶ月以上続いていた時だった。

 

見ていたニュースで新作のゲーム機が発売されると、お祭り騒ぎが大々的に取り上げられていた。

視覚視認型のVRが発売されてから二十年が経っていたので、何ら不思議ではなく。

特に気になる話題でもなかったはずだったが、説明される内容を聞いている内に御飯を食べるのすら忘れる程に集中して眺めていた。

 

元々後続機は継続的に開発発売されていたので余程の進化がないと驚く事は無いのだが、今回の新作は其の進化が凄まじく。

何よりも心を奪われたのは意識感覚伝導式という新技術。

ヘッドギアを接続した状態なら、造られた仮想世界で無意識でも意識的に五感を感じる事が出来るというものだった。

其れが事実なら意識の無い娘にも仮想世界でなら逢う事が出来て、話す事も一緒に御飯を食べる事も出来るという正に夢の様なゲーム機だった。

 

更に凄いのは仮想世界自身が自己学習して増殖していくので、常に更新されていく別世界が出来たと言っても過言ではなく。

キャスターは落伍者を増産して、現実世界をも変えかねないと警鐘を促す。

勿論余りにも高い性能故の刺激性に世論の反発も在ったが、制作サイドの反論は自己管理の問題だと突っぱねていた。

 

カテゴリー的には家庭用ゲーム機だが、当然値段は高く。

子供が我が儘を言っても、気軽に買える代物ではなくなっている。

だが目覚めない娘の事を想えば可能性が在る限り、そんな事は大した問題ではないし。

嫁の保険金が手付かずで残っていたのも幸いだった。

 

其の日に購入予約の手続きを済ませ、数日後の受け取り迄にネットで調べ始める。

ゲーム内の異世界では課金をした方が安全に進められると知り、スキルガチャとやらに投資する。

 

お金の心配事態はしていなかったが、ゲーム機本体に比べれば高くはなく。

トリプルレアだという、不死鳥の涙と聖者の行進を運良く手に入れられた。

 

不死鳥の涙は一日一回誰でも蘇らせる事が出来る特典付きで、キャラクター設定の召喚獣火の鳥を選ぶと本人は何度でも甦り死なないという激レア。

人型キャラクターへの拘りは特に無いので、自分のキャラクター設定は決まったようなものだ。

 

聖者の行進はAランク以下の魔物からの攻撃、更に触れる事すら出来ないという激レア。

どちらも売りに出せば超高額が見込める位に出る確率が低い代物らしいが、今更そんなラッキーが続くというのも皮肉な事である。

勿論ゲーム内の世界でも不幸なら意味が無いから、其れなりに良いのが出る迄とは思っていたのだが不思議なものである。

 

花を手向けた嫁の墓前で静かに手を合わせ、今日の事を心の中で報告する。

 

「トリプルレアって君の仕業かい?」

 

まるで嫁が返事をしたかの様に、気持ち良い風が通り抜け。

見上げる空は青く、緑色の木々が揺れている。

 

戻ってきた色彩を感じ、いつの間にか固くなっていた表情も綻んでいく。

まだ娘と逢えた訳ではない。

其れでも心の有り様次第で、世界は天国にも地獄にもなるのかもしれない。

 

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