雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

3〈オレンジと男らしさ〉

3〈オレンジと男らしさ〉

「お~い!邪魔するで~!!」

「邪魔するんやったら帰ってくれ!」

翌日の正午。

コテコテの関西ノリでお見舞いに来た虎太郎の族仲間竜也に、患者達は苦笑いを噛み殺す。

「ビックリしたわ!虎でも骨折れるんやな~!」

「アホか!俺も人間やわ!」

比較的声の大きい二人の会話は病室中に響き、それを求めてもいない患者達は次々と退室していく。

「お土産は?」

虎太郎が伸ばした手に「ちゃんと持ってきたで、ホレっ!」と竜也は改造車専門雑誌を袋ごと手渡す。

「お~!珍しいな!金どうした!?」

余程予想外だったのか虎太郎は驚きを隠せない。

「久しぶりにパチンコ勝ったんや」

嬉しそうに財布の中身をひけらかす竜也だが「勝ったんやったらメロン買って来いよメロン!」と虎太郎は他の患者達が貰っている果物を指差す。

「じゃあコレやるわ!」

さりげなく盗りに行こうと立ち上がる竜也に「他人のやねーか!」と虎太郎は置いていた空き缶を投げつける。

「オ~イ~、何すんねん~」

赤髪短髪の見た目とは裏腹に、以外と律儀な竜也はぼやきながら空き缶を拾いごみ箱に捨てる。

「良いよ、コレあげるよ~」

突然閉じていたカーテンを開き、二人の会話に割り込んできたのは秋人だった。

「めっちゃ良い奴やん!お礼にコレやるわ」

竜也はさっき虎太郎にあげたばかりの雑誌を、読み始めている虎太郎から取り上げ秋人に手渡し。「毎度あり~!ほらっ果物手に入れたぞ!」と上機嫌で果物をカゴごと没収して、虎太郎に見せびらかす。

「ぜっ‥‥全部は駄目だよ~、バイク乗らないからコレ読まないし~」

「はぁ~!?くれるんちゃうのか?」

カゴを持ち上げた手を止める竜也。

「え‥‥、ぜ‥‥全部だと親に怪しまれるから‥‥」

オドオドとした口調で、秋人は渡された雑誌を読もうともせず差し出す。

「冗談や、ええから早うソレ返せ」

気の合うヤンキー二人は、オレンジを二つ取りゲラゲラと笑いあっているが「そうだよね‥‥、冗談だよね」と秋人は苦笑いを浮かべ、慌てて雑誌を返し一人頷いている。

「おもろい奴やな~」

まだ笑い続けている竜也に「竜!そいつ実は俺のバンド仲間や!」と虎太郎は冗談っぽく伝えるが「ソレは嘘やろ~!解った~!縦笛役か~?」と竜也は全く信じていない。

「アホかっ!ヘタレやけど一応俺の先生やぞ」

真剣な表情を返す虎太郎と、照れるように頷く秋人だが「虎っ!腕上げたな‥‥!」と竜也はからかうように秋人を指差し、ベットの上で笑い転げている。

「まあええわ‥‥」

説明するのも面倒臭さそうな虎太郎が再び雑誌を読みだすと「けどバイクって、ちょっと憧れるよね~」と何気なく呟いた秋人の一言で事態は一変していく。

「虎のバイク乗らしたったら良いやん!俺はもう帰るし」

早速立ち上がり帰ろうとする竜也を「シバくぞ!お前今来たばっかりやし、まだええやろ」と虎太郎は捕まえようとして脅迫的に引き止めるが「アカンアカン‥‥、運動不足やから、また右手の運動しに行ってくるわ」とさらりとかわした竜也は、距離をとって聞き入れようとはしない。

「何が右手の運動や!只パチンコ打つだけやろが!」

虎太郎が投げつける物を探し始めると「解った!じゃあ家迄送ったろ」と竜也は自慢げにバイクの鍵を見せつける。

 受付で外出許可の申請を終えた二人は、竜也のバイク置場迄移動するが「ええな~、俺も行こうかな‥‥」と虎太郎はまだ悩み続けていた。

「ジャァ~ン!!愛車のスマイルドラゴンや!!」

所々改造された原付きを竜也は両手を拡げ自慢するが、虎太郎は聞き飽きているのか気怠そうに拍手を送る。

「オォ~!!凄いね~!!」

大袈裟に秋人だけは感動するが、見るからに心が篭っていない。

「さあー!二人共乗ってくれ!」

竜也が三人乗りを勧めると、虎太郎は当たり前のように乗り込むが「え~!?三人乗りは駄目だよ~!」と秋人はチラチラ周りを気にして中々乗り込まない。

「大丈夫や!ええから早う乗れ!シバくぞ!」

虎太郎がシートを叩き急かすと、秋人は諦めた様子で渋々シートに座る。

「さあー!行くで-!」

竜也の運転で移動を開始した三人は、大通りを避けて裏道を通り無事虎太郎の家近くに辿り着いた。

 原付きから降りると秋人は興味深そうに辺りを見回すが、虎太郎は構うでもなく歩き始める。

「一稼ぎ終わったら迎えにきたるわ」

急かすように竜也が手を振り走り去ると「ええな~!どうせ負けるに決まってるけどな」とまだ名残惜しげな虎太郎は悔し紛れに小石を蹴飛ばす。

何処にでも在るような農道を少し歩くと、見えてきたのは築三十年は経っていそうな民家だった。

「着いたぞココや!」

誘われるまま秋人がシャッター付きのガレージに入ると、虎太郎は原付きに被せていたカバーを外す。

「何かスゴイね‥‥」

あからさまに違法改造を施された原付きを見て、秋人は思わず呟く。

「改造しまくったからな!原付きやけど軽く90は出るぞ!」

誇らしげに虎太郎は原付きのシートを叩く。

二人が食い入るように原付きを眺めていると「それロンや‥‥」と建物の奥からどすの効いた声と、数人の笑い声が聞こえてくる。

「アレッ‥‥?今日家族休みなんだ‥‥」

意識して声を弱める秋人に「いつもやけどな‥‥、ええから行くぞ」と虎太郎は原付きのエンジンを掛けず、押し歩いて外に運びだす。

何故歩いて運ぶのかと秋人は不思議そうな顔をしているが、その事に気付かない虎太郎は説明するでもなく先に進んで行く。

家から見えない場所迄運びきると「もうええぞ!乗れ!」と虎太郎は後部座席を指差し、原付きのエンジンを掛ける。

秋人は少し躊躇うが、断れないのを理解してか静かに乗り込む。

二人が移動した先の公園はガレージが広く遊具が少なく子供も居ない、練習場所には最適の場所だった。

「オイッ、乗ってみろ」

何の説明も無く原付きの鍵を渡そうとする虎太郎に「無理だよ~、教えてくれないと、どう動かすか解らないよ~」と秋人は大袈裟に両手を降って、中々受け取ろうとはしない。

「マジで言ってんのか?こんなもんコレでエンジン掛けて、ココ廻すだけや」

「へ~、以外と簡単なんだね‥‥」

嫌みな発言と気付かず嫌みを言う秋人に「ええから早う走ってみろ」と虎太郎はいらつき急かす。

「解った!行くよ~!」

男らしさのカケラも無く秋人の運転で走りだした原付きは、子供が歩いても勝てる程遅く。

「何やソレ!もっと廻せ!」

大声で叫びながらも、虎太郎は思わず吹き出す。

「そ‥‥!それよりもこれ止まれないよ!」

必死な形相で秋人は何とかバランスを保っているが、虎太郎はその姿を見て余計に腹を抱えて笑い。

「ハンドル戻してブレーキレバー握れ!」

見兼ねた虎太郎の一言で、何とか止まれた秋人の表情は完全に青ざめていて「もう死ぬかと思ったよ~」と力無く原付きにもたれ掛かっている。

「アホか!あんなスピードで死ぬ訳無いやろ!」

虎太郎は呆れ気味だが「でも‥‥、これで大分男らしくなったんじゃないかな~!」弱々しく原付きを降りた秋人は、誇らしげに原付きを見つめ呟く。

「こんなもんまだまだレベル1や!もっと練習するぞ!」

如何にも限界な秋人の状態なんてお構い無しに、原付きに乗り込んだ虎太郎のスパルタ教育は終わりそうにない。

「俺が手本を見せたるから、そこでよう見とけ!」

さも当然のようにウイリーで走りだした虎太郎は、8の字で一周すると後輪を滑らして秋人の前に止まった。

 違いを見せつけられた秋人は唖然としているが「男やったら、コレ位はやれるやろ!」と虎太郎の求める基準は遥かに高い。

「そんなの絶対出来ないよ~」

秋人はバタバタと両手を交互させ否定するが、虎太郎の問答無用な一睨みで再び原付きに乗り込む。

「とりあえず、もうちょっと早く乗れるように頑張ってみるよ~」

宣言どうり少しずつ速度を上げ周回する秋人に「まだまだや~!もっと飛ばせ!それでも男か!」とからかい半分な虎太郎の声援にも熱が入る。

まるで野次のような虎太郎の指導が効果を成したのか、数十分後には秋人の運転もそれなりに様になっていた。

「どう?絶対上手くなったよね?」

やっと原付きを降りて一休みする秋人には思わず笑みがこぼれる。

「まあまあやな!俺の教育が良かったんやろ」

少しは納得出来るレベルに達したのか、タバコに火を着ける虎太郎の表情も満足げだった。

 休憩を終えて二人が虎太郎の家に移動すると、虎太郎は何やらタンスの中を物色し始める。

「座って、ちょっと待っとけ」

もう父親達は居なくなっていたが、ウロウロと落ち着きが無い秋人を虎太郎は無理矢理座らす。

それでも挙動不審なままの秋人は、キョロキョロと室内のあらゆる所を見つめて「へ~、スゴイね~」と呟いている。

「何がスゴイんや普通やろ」

物色する手を止めるでもなく聞く虎太郎に「ほら!ソレとか普通は持ってないよ!」と秋人は無造作に掛けられた刺繍だらけの特攻服を指差した。

「そら~そうやろ!チーム入らなアカンし、金も結構掛かってるからな」

秋人が羨ましそうに眺め続けていると「お前にはコレやるわ!」と虎太郎は雑に衣類一式を投げつける。

「本当に~?お金無いよ~?」

サイズの確認しながらも余計な心配する秋人に「シバくぞ!金なんかええわ」と虎太郎は睨みを効かす。

「着てみろ!俺が中学の時着てたやつやけど、ソレよりは気合い入ってるやろ!」

虎太郎は改めて秋人の着ている服装と見比べ、確信するかのように一人頷いている。

早速ヨレヨレのTシャツと安物のジーンズを脱いだ秋人は、虎太郎から貰った服に着替えるが「それにしても似合わんな‥‥」と虎太郎は確認する為に回転させた秋人を眺め、呆れた表情でため息を吐く。

「ちょっと大きいからかな~?」

秋人は鏡に映る変わり果てた自分の姿を、満更でもなさそうに覗いているが「サイズの問題ちゃうわ!」とその場に倒れ込む虎太郎の様子は、秋人の改造を諦めかけている。

「邪魔するで‥‥」

玄関の鍵がしていなかったとはいえ、竜也はまるで我が家のように虎太郎の家に入り込んで行く。

「どうせ負けたんやろ?」

「何も聞かんといてくれ‥‥」

部屋に入って来た竜也は、不機嫌そうにタバコの火を着ける。

「オイ?どうしたんやイメチェンし過ぎやろ!」秋人の異変に気付いた竜也が笑いだすと「失敗や失敗!」と虎太郎は鼻で笑う。

そのまま竜也に送られて二人は病院に戻ったが、秋人を見る周りの患者達反応は当然のごとく冷ややかなものだった。

「お前‥‥、やっぱりソレ脱げ」

虎太郎は耐え兼ねたのか、ベットでくつろぐ秋人に忠告するが「え‥‥、何で?」と秋人は何も気にしていない。

「さっき看護婦にも笑われてたぞ」

「でも‥‥、これ気に入ってるから」

そう言って全く着替えようとはしない秋人に「お前は変わった奴やな‥‥」と珍しく褒めた虎太郎は、笑いながら貰ったオレンジを食べた。

 

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