雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

43<手本>

43<手本>

しかし良く見ると、倒れている男の顔には見覚えが在る。

 

本来骸骨である魔王の顔なんて解らないはずだが、思い返していると思い出した。

 

魔王城の牢屋に居て、一緒に逃げようとしていた男だ。

 

娘のエミリも気付いた様で驚いた表情をしていたが、今は心配そうに見つめている。

 

意識は無いが呼吸はしている様子なので、不死鳥の涙で蘇らせる事は成功したのだろう。

 

だが疑問が残るのは、牢屋に居た人間が実は魔王だったなんて在るのだろうか。

 

ミノタウロスにも負けていたし、其れは考えられない。

 

そうなると魔王に成りすましていた事になるが、なら実際の魔王は何処に居るんだ。

 

あの時、消えた後に倒したは実力的に有り得ないだろう。

 

取り敢えず魔王ではないと想定すると、かなり状況は悪い。

 

たいして戦力にならなさそうな人間が、一人増えただけになってしまう。

 

そんな事を考えている間にもガオンと紅い蟻の戦闘は再開され、激しい攻防が繰り広げられている。

 

ガオンが勝ってくれれば問題は無いのだが、ほぼ互角のまま時間だけが過ぎていく。

 

新しい攻撃的スキルを使って参戦してみるか考えていると、倒れていた男が立ち上がり周りを見回す。

 

「人間の身体とは懐かしいものだな……」

 

男は身体の感覚を試すように、手を握ったり開いたりを繰り返す。

 

ガオンも魔王の異変には気付いているだろうが、戦闘で其れどころではない。

 

「ガオンよ、蟲ごときに苦戦とは修行不足じゃないのか。我が手本を見せてやろう」

 

そう言って男は紅い蟻の方向に片腕を向けて開いていた手を握ると、鈍い音と同時に紅い蟻はその場に倒れ動かなくなった。

 

「空間圧縮が限界とは、魔力が少ないと不便だな」

 

男の言うように紅い蟻の心臓は握り潰されたのか、胸元が内部からへこんでいる。

 

姿こそ人間だが、此の圧倒的実力から考えると魔王だと疑いようがない。

 

「どうしたんですか其の姿は……、グレン様……?」

 

其れでも魔王と確信を持てないからか、ガオンも動揺して聞きあぐねている。

 

「説明している時間は無い……、後は頼んだぞガオン」

 

其の言葉を最後に魔王は意識を失い、男は眠ったまま目覚めなくなった。

 

「グレン様頼むというのは、どういう意味ですか」

 

何度かガオンが呼び掛けてみたが、結果は変わらず男のまま眠っている。

 

「……取り敢えず出口を探さないか」

 

自分の提案にガオンは頷き、男を担ぐ。

 

こうして一行は、静かにダンジョン攻略を断念するのだった。

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