4〈嘘と夢〉
4〈嘘と夢〉
この日は暇を持て余し尋ねて来た秋人の悪友三人が、我が家のようにくつろぎ病室を占領していた。
「おい~、あんまチラチラ見んなや~」
虎太郎を警戒してか、三人はクスクスと小声で笑い余計に目立っている。
「アイツそれにしてもトイレ遅いな~!ウンコマンか~!」
「水掛けに行ったるか?キレイに流したろ~や!」
下品な笑い声と会話が響く病室では一人ずつ患者が退室して行き、患者では虎太郎だけが残っていた。
「それよりも先に配って罠作ろうや」
「アイツ、バカやで絶対気付かんやろ~、ウンコ臭いし」
「じゃあ俺フルハウス~!金全部巻き上げた~ろや~!」
撒き散らしていたトランプを集めた三人は、各々好きなカードを選び始める。
「オイッ、お前達うるせーぞ」
耐え兼ねた虎太郎の一言で一瞬場は静まるが、今にも噛み付き掛かりそうに三人は立ち上がる。
「な~んか聞こえんかった~?」
「ど~このもんですか~?」
ニヤつく顔を見合わせた三人は、ベットで座っている虎太郎を睨み詰め寄っていくが「鉄鬼の虎太郎や」と三対一に臆する事も無く睨み返す虎太郎に、三人はたじろぎ立ち止まってしまう。
たじろぐ理由はそれだけでは無かった、それは鉄鬼というチーム名がそれなりに有名だという事実だった。
「ゴメンねゴメンね~、ゲーセンでも行こうぜ~」
「お~邪魔しました~」
冗談っぽくはぐらかして三人は病室を出て行くが、その表情は例えようのない程悪意に満ちていた。
数分後病室に戻って来た秋人は、余程急いでいたのか息を切らし立ち止まる。
「あれっ‥‥?誰も居ない‥‥?」
三人からのイタズラを警戒しながら、秋人が辺りをウロウロ探し始めると「オイ!アイツ達なら、帰ったぞ」とうそぶく虎太郎は、さっきの揉め事が大した出来事でもなかったように再びバイク雑誌を開く。
「アレ~?何でだろう‥‥?」
不思議そうに首を傾げる秋人は、しきりに携帯を確認するが三人からの連絡は何一つ無い。
その頃ゲームセンターに向かい病院を出た三人は、置いてきぼりにした秋人の事など全く気にもしていなかった。
「何が鉄鬼やっちゅ~の!俺の鉄拳食らわしたればアレ絶対泣くで~!」
「どうせ嘘ちゃうの~?ハッタリやろ」
「マジで?嘘やったん?殴っとけば良かった~」
不機嫌をごまかすように三人は冗談を言い合うが、その恨みがそれだけで済むはずがなかった。
この日から秋人の悪友が病院に来る事は無くなったが、それと同時に何故か秋人が病室に居る時間も少なくなっていた。
数日後いつものように病室を抜け出す秋人を怪しんだ虎太郎は、こっそりと後を付けていく。
面倒臭さそうに隠れながらも虎太郎がそんな行動をする理由は、秋人を心配してなのは明白だった。
数分後秋人が入って行ったリハビリ室からは楽しそうな笑い声が聞こえてくるが、壁は磨りガラスに覆われていて中の様子は解らない。
「アイツ‥‥、どういう事や‥‥?」
虎太郎が疑問を口にするのも不思議ではなかった、何故なら秋人にはリハビリの必要が無いからだった。
「邪魔するで~!」
チームで定番の冗談を言いながら虎太郎は扉を開けるが、何故かリハビリ室に入った入口で立ち止まってしまう。
「アレッ‥‥?虎君リハビリするの?」
壁際に女子と座っていた秋人が気付いて話し掛けるが、虎太郎はまるで石像のように固まって返事も返せない。
その理由が不思議そうに虎太郎を見つめ返す女子なのは誰の目にも明らかで、正に虎太郎が恋に落ちた瞬間だった。
「もしも~し‥‥、虎太郎君?」
悪気無く虎太郎の目の前で手を振る秋人に気付いた虎太郎は「オッ‥‥、オウ!」と辛うじて男らしく返事を返すが、まだ様子はおかしい。
「あっ‥‥、そうだ紹介するよ千夏ちゃん、僕と同じ病室の虎太郎君」
虎太郎の見た目が余りにも別世界なせいか、千夏は控え目に会釈する。
「オ‥‥、オウ‥‥!ヨロシク‥‥」
たどたどしく何とか笑顔を返す虎太郎と、一般的な千夏との距離は簡単には縮まりそうにない。
「何か‥‥、恐そうな人ですね‥‥」
冗談っぽく千夏が告げると「え~?そんな事ないよ!優しいよ~!」と秋人は大袈裟に手を振り否定する。
「何やって‥‥?」
二人だけの会話を気にした虎太郎は、秋人に小声で聞き直す。
「何か恐そうだって‥‥」
「ボクシングとかバイクの乗り方教えた事言え‥‥」
ヒソヒソと小声での会話が続く。
「虎君にはボクシングとか、バイクの乗り方教えてもらったんだよ!」
通販の宣伝する店員みたいに、秋人は威勢良く声を張る。
「へー?そうなんだ」
「そうだよ~」
好感触な返事を聞いた秋人は、安心した様子で頷くが「でも‥‥、悪い事沢山してそう‥‥」と千夏には興味よりも恐怖が勝っている。
「オイ‥‥、何やって‥‥」
肘で押し小声で確認する虎太郎に「悪い事してそうだって‥‥」と秋人は思わず吹き出す。
「アホか!良い人や俺は!」
「良い人は自分で良い人って言わないよ~」
秋人が笑いだすと、千夏も話しやすくなったのか「良い人って例えば?」と初めて虎太郎に話し掛ける。
「‥‥、募金に五百円入れた事有るな間違えて‥‥」
「間違えてなら良い人じゃないよ~」
「アホ~!冗談や!他にも有るわ!」
やっと笑い合えた三人は、秋人を間に挟み伝言ゲームのような状態からも解放される。
「他って例えば‥‥?」
からかうような笑顔で千夏が聞くと「ちょっと‥‥、多過ぎて思い出せれんわ‥‥」と虎太郎は嬉しそうに笑ってごまかす。
病院内では珍しく年齢の近い三人が打ち解けるのに、そう時間は掛からなさそうだった。
「そうだ!せっかく来たんだし虎君もリハビリやってみたら?」
秋人の提案を軽く聞き流した虎太郎は「そんな事よりも‥‥、好きなタイプ聞いてくれ‥‥」と再び耳打ちして頼む。
「どうしたの‥‥?」
聞き取れなかった千夏が明るく聞き直すと「千夏ちゃんの好きなタイプってどんな人?」と秋人は臆する事無く尋ね。
千夏は少し困ったように考えると、照れながら「夢の有る人かな‥‥」と自信無さそうに答える。
「じゃあ嫌いなタイプは?」
「嘘つく人とケンカする人かな‥‥」
納得した様子で秋人が頷く。
「夢か~!それが中々見つからないんだよ~」
秋人が頭を抱えていると「そうでもないやろ!俺達にはバンドで売れるようになる夢が有るやろ!」と虎太郎は秋人の肩を軽く叩く。
「そうか~!そうだよね!ちなみに千夏ちゃんは何か夢って有る?」
「私は‥‥、詩を書くのが好きで‥‥、詩集を出すのが夢かな‥‥」
気恥ずかしいのか答えにくそうに千夏が答えると「スゴイやん!」と虎太郎は初めて千夏と直接話した。
「どんな感じ?それ読んでみたいな~!」
遠慮しない秋人の一言に千夏は少し躊躇う様子で考えていたが、意を決して鞄から小さなノートを取り出す。
「へ~、いっぱい書いてるね、ノート一杯だよ~」
受け取ったノートを読みながら秋人が呟くと、隣で黙っていた虎太郎がノートを取り上げる。
無言のまま真剣な表情で読む虎太郎の感想を、千夏は不安そうに見つめ待っている。
「良いやん!俺が曲にしたろか!」
曲作るどころかまだ少しも弾けるようになっていないのに、虎太郎は出来て当然のように言い切る。
「本当に‥‥?」
褒められたのが余程嬉しかったのか、聞き直す千夏の表情には一点の曇りも無い。
「だったら新しく曲用に歌詞作ってみるね」
「オウ!いつでも良いで待っとるわ」
共通の目的が出来たからか、最初に怖がっていた千夏も嘘みたいに打ち解けている。
「詩か‥‥、賞とか送ってみるのも良いかも‥‥」
「賞にはもう送ってて結果待ちなの‥‥」
期待で瞳を輝かす千夏に二人は「受賞すると良いな」「絶対大丈夫だよ~!」と笑顔で励ます。
千夏は嬉しそうに小さく頷くと、受け取ったノートを大事に鞄の中へしまった。
「曲作る為にも、そろそろ練習した方が良いよ~」
「お‥‥、オウ!そうやな‥‥」
秋人の一言で仕方なさそうに千夏と別れた虎太郎は、いつものように屋上で練習を始めるが「千夏ちゃんって入院してるんか?何の病気か聞いたか?」と練習そっちのけで千夏の事ばかり聞き、秋人を困らせる。
「そんなの聞けないよ~、今度会った時自分で聞いてみてよ~」
「今度逢えるかどうか解らんやろが、しまった‥‥連絡先聞いてない」
頭を抱える虎太郎に「リハビリ室に行くと会えると思うよ~」と秋人は何の心配もしていない。
「それ何時や?」
かぶりつくように質問する虎太郎とは対称的に「いつも昼位だったかな~」と秋人は適当な返事を返し。
「そういえばビックリしたよ~!さっき時間が止まったみたいだったよ~!」と虎太郎の恋心を見抜けない秋人は、無神経に話しを振り返る。
「何がや?普通やろシバくぞ!」
精一杯強がる虎太郎は、ごまかすようにギターを強く弾き鳴らす。
「それにしてもこのギター、コード押さえにくいな壊すぞ!」
話しを逸らし八つ当たりする虎太郎を「壊したら駄目だよ~」と理由も解らないまま秋人は宥めるが、気が静まらない虎太郎は更に強く叩き弾く。
それでも千夏との出会いでやる気は有るのか、虎太郎は一向に練習を辞めようとはしない。
「それよりも曲作れるなんて嘘ついちゃマズイよ~、まだ全然弾けないのに」
弱気な秋人の発言と同時に虎太郎は鋭い視線を返し、秋人は思わず口をつぐむ。
「アホか!出来るようになれば嘘ちゃうやろ!」
そう言い切る虎太郎の言葉に迷いは無かった。
そのせいか秋人は反論する事も無く、静かに頷き返す。
「まあバンドで売れるようになるは少し嘘になるかもな、俺の夢はビックマネーやからな!」
夢を叶える為には根拠無き自信が大事だというが、その自信が虎太郎に備わっているのは間違いなかった。