雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

7〈やる気と実力〉

7〈やる気と実力〉

「へ~、もうお客さん来てるよ~」

まだ客足もまばらなライブハウスのホールを見回し、秋人は立ち尽くす。

「早う行くぞ、一組目が始まる」

「無理だよ~、まだ脚こんなだし~」

急かす虎太郎の後を追い秋人が重い防音扉を開くと、中には椅子も無く50人も入らなさそうな客席と奥行きの無いステージが出番を待っていた。

「すごいね~、スタンドマイクだよ~」

秋人は羨ましそうにステージを眺めているが「こんなもんか‥‥、俺には小さいな」と虎太郎は不満げに呟く。

オシャレに厳しそうな客層の中、場違いに松葉杖をつく二人は妙に目立っている。

会場に流れていた洋楽が止まると「一組目が来たぞ」と誰かが言い。

ざわめく観客達が指差すステージでは、消えた照明の中バンドが音合わせを始めた。

「何かこっちが緊張しちゃうよ~」

数人の観客はステージ前に移動して行くが、二人は後方の壁にもたれ眺めている。

ステージが照らしだされると同時に「え~、一組目のライブさして頂くミリオンズです、まだ知らない人の方が多いと思うけど少しでも覚えてもらえたら嬉しいです」とささやかなバンド紹介の後、演奏が始まる。

「結構上手いね~」

一曲終わると、大袈裟に手を叩く秋人とは対称的に「そうか?あれ位やったら誰でも出来るようになるやろ!」と虎太郎はステージに立つ訳でも無いのに、敵対心を剥き出しにして睨む。

「そんな事無いよ~、緊張だってするはずだし~」

他の観客を気にしてか秋人は声を細めるが「何がや?そんなん関係無いやろ」と大声で話す虎太郎は、周りを微塵も気にもしていない。

二人の会話を遮るように間奏は終わり演奏は続くが、出演中のバンドと仲が良いであろう数人の客は二人を睨む。

それでもライブ中だったからか、大きな揉め事は起きず一組目の演奏は終わっていた。

「バンド名flowerだって、次は絶対ガールズバンドだよ~」

はしゃぐ秋人は全く気付いていないが、虎太郎は数人からの敵意を視線のみで跳ね退けている。

「ほら~、やっぱりボーカル女の子だよ~」

ステージ上を自慢げに秋人は指差すが、適当にあしらう虎太郎は小さく舌打ちして「俺達は見る側じゃアカンやろ!」と何やら苛立った様子でステージを眺めている。

残り二組のライブも終わり観客が帰り始める時間も、不機嫌なままなのか虎太郎は無言で立っていた。

「俺達もライブやるぞ!」

真剣な眼差しで虎太郎は突然宣言する。

「ギター二人じゃ無理だよ~、だいたい虎君まだ1曲も弾けない‥‥し」

秋人が言い終えるよりも早い虎太郎の一睨みで、秋人は思わず口ごもる。

「他のバンドから引き抜くか‥‥」

腕組みしたまま考え込む虎太郎は、今日出演したバンドから選んでいるようだ。

「そっ‥‥そんな都合よく入ってなんてくれないよ~」

弱気な発言を返す秋人だったが、殴るぞと言わんばかりに拳を見せつける虎太郎を見て「やってみないと解らないよね~」と下手な作り笑いが白々しい。

「ライブ終わりの奴ら探して捕まえていくか‥‥」

能天気に虎太郎は室内を見渡すが、すでに人は少なく出演者達も見当たらない。

「ほら~、もう皆帰ってるし無理だよ~」

「まだ外には居るやろ」

不機嫌そうな表情でホールに出る虎太郎を秋人は追うが、ホールに出ても人が居ないのは同じだった。

「やっぱり無理だよ~」

情けない声を出して壁にもたれた秋人は「居た~!ここに居るよぉ~!!」と突然その場で跳びはねる。

「アホか!お前はメンバー確定や」

「違うよ~、これだよ~」

秋人が視線を促す先の壁には、バンドメンバー募集の通知が何枚も張り出されていた。

<ギタリスト募集・十代で洋楽好きの方希望>

手書きで描かれた決して上手くはないバンドの挿絵が、若々しさを物語っている。

「これ電話してみるか!!」

気に入った1枚を指差した虎太郎は全く躊躇う事も無く携帯を手に取るが「ちゃんと選んだ方が良いよ~、こっちは初心者大歓迎だよ~」と秋人は不安そうに引き止め、虎太郎は舌打ちを返す。

まるで何事も無かったかのように受信待ちをする虎太郎は、面倒臭いのか秋人と視線すら合わさない。

「ギター弾けるの二人居るけどどうや?」

まだ大して上達もしていないのに、上から口調の虎太郎に秋人は大口開けて驚いてる。

そのまま何言かのやり取りを終え電話を切った虎太郎は「行くぞ!」と行き先も告げず、慌ただしく移動を始め。

「え~?病院~?電話はもう良いの~?」

後を追う秋人の不安そうな声がホールに響いていた。

二人が着いた場所は何処にでも有るファミリーレストランで、理由を理解していない秋人はキョロキョロと辺りを見渡している。

迷わず店内の奥に突き進む虎太郎に「電話の人?どんな人だった?優しそう?」と秋人の心配は止まる事を知らない。

「良いんちゃうか!」

如何にも適当な返事を返され秋人は不服そうに口を尖らすが、振り返りもしない虎太郎は上機嫌な鼻歌を歌っている。

他に若い客が居なかったのも幸いで、待ち合わせしていたバンドマンは一目瞭然だった。

店内で待っていた相手二人は虎太郎に気付くとすぐに視線を逸らしたが、電話の相手が虎太郎だと理解するのに時間は掛からなかった。

「どうも始めましてやな!まあ、これからヨロシク!」

同じテーブルに座った虎太郎は親しげに話し掛けているつもりだろうが「‥‥、あ‥‥、あぁ電話の人?」と相手は予想もしていなかったであろう虎太郎の風貌に面食らっている。

「ど‥‥、どうもはじめまして‥‥」

恐る恐る秋人が虎太郎の隣りに座ると、相手は少し安心したように笑顔を返す。

「バンド名もう決めてんのか?」

まだ挨拶もそこそこなのに、遠慮無い虎太郎の質問に「‥‥えっ?一応決まってるけど‥‥」と相手は返事の度に固まっている。

「メンバー変わるんやし、みんなで新しいの決めようや!」

もう一緒にバンドをするのが決まったかのように話す虎太郎はキラキラと瞳を輝かすが、他の全員は呆気に取られたまま返事も出来ない。

「まだ、ちゃんと自己紹介もしてないよ~」

情けない声で秋人が窘めると二人は笑い、場は何とか和んだが「オォ!まだ名前言ってなかったか!俺が虎で、コイツが秋人や!」と悪気の無い虎太郎の軽いノリは続く。

「俺達もまだ言ってなかったよな、俺がベースの祐司でこっちがドラムの智也」

無事に全員の自己紹介が終わると、虎太郎と秋人はドリンクバーを注文する。

席を立ち飲み物を注ぎ終えた二人が戻ると、いつになく饒舌な虎太郎は再び話しだす。

「で?バンド名どうする?」

「お‥‥、おぉ、そうやな‥‥」

決定的な返事だった。

こうしてまだ一緒にバンドすると決めた訳じゃないなんて、反論する余地も与えないままバンドは結成されてしまう。

虎太郎が病院を退院したのは、その数日後だった。

 

「オイ!遅いぞ!」

冗談っぽく虎太郎は笑顔で話すが、待ち合わせ場所に集まった新メンバーは「‥‥おぉ、道が混んでてな‥‥」と徒歩なのに意味不明な言い訳で、ぎこちなく苦笑いを返す。

「スタジオなんて始めてだよ~」

「初音合わせか~!何か緊張するな」

爽やかな口調で虎太郎は新メンバーの肩を叩くが、無言で頷く二人は実力に疑いの眼差しを向けているようだった。

移動して数分後、着いたスタジオで受付を済ませた四人は防音室に入る。

まだコピーだが演奏する曲はファミレスで決めていたので、音合わせするのに支障は無いはずだった。

「意外と広いな!」

嬉しそうに虎太郎が見渡す室内は、防音壁を張り巡らせられた壁と大きめのアンプ・奥にドラムが置かれた殺風景な部屋だった。

「でも使うの結構お金掛かるよ~」

「アホか!そんなもん必要経費や!」

二人の会話を新メンバーは笑って聞いているが、互いの実力を見せ合うのは始めてなせいか妙な緊張感が漂っている。

「そうや!リーダー決めるの忘れとったな!」

一人だけ微塵も緊張感を感じさせない虎太郎は、期待に瞳を輝かすが「ソレは後で良いんちゃう、そろそろ始めよか?」と新メンバーは実力次第だと言わんばかりに、強い口調で視線を返す。

それぞれチューニングを終えると同時に、ドラムの合図で演奏が始まり。

噛み合わない歯車のように、各自で主張する音が互いに潰し合う。

かろうじて一曲弾き終えたが、お世辞にも上手いとは言えない演奏だった。

「最初はこんなもんやろ」

気まずい空気を和ませようと虎太郎は笑い飛ばすが、特に違和感が強かったのは他の誰でもなく虎太郎本人だった。

「上出来だよ~!絶対もっと良くなるよ~!」

「もう一回合わせるか~!」

ノリ良く二人はギターを構えるが、新メンバーの反応は鈍く不満げに顔を見合わせている。

「もったいないよ~、時は金なりだよ~」

全く説得力の無い秋人の一言で、笑顔に戻った新メンバーは渋々練習を再開するが状況は変わらず。

それはスタジオのレンタル時間ギリギリ迄、黙々と続けても同じだった。

 会計を済ませ待ち合い室に移動した四人は、それぞれ椅子に座りくつろぐが雰囲気は二分されていた。

「やっぱり簡単じゃないな!今日はこの位で勘弁しといたるか!」

「まだ一回目だし、しょうがないよ~」

笑顔で会話を交わす虎太郎と秋人だが、無言のままでいる新メンバーの視線は変わらず冷たい。

少しの沈黙が続くと、意を決したかのように新メンバーの一人が口を開く。

「やっぱりコピーじゃアカンかな‥‥」

「ごめんやけど今回のバンド組む話しは無かった事で‥‥」

反論されるのを避けてか、申し合わせたように二人は視線を逸らす。

「しゃーないな!新しいメンバー又探すわ!」

強がってか虎太郎は明るく答えるが、それ以降笑わず動揺しているのは間違いなかった。

 気まずい雰囲気から逃げるように二人はそそくさと立ち去り、取り残された虎太郎と秋人は無言で途方に暮れていた。

実際バンドを組んでからの練習時間にそれ程の個人差は無く、始めてから今までの練習結果が出ただけだった。

それでも虎太郎にとって受け入れ難い結果だったのは、喋らない事が証明していた。

「ここ禁煙か‥‥」

やっと口を開いた虎太郎は、舌打ちして一言呟く。

どれだけ真剣に練習していたか知っている秋人は、俯いたまま声も掛けれない。

少し間を置いて「気にする事無いよ~、メンバーだって他にも募集しているだろうし‥‥」と秋人はオーバーアクションで慰めようとするが、立ち直れないのか虎太郎は中々返事しない。

「俺さ‥‥」

妙な間を開ける虎太郎に、秋人は心配そうな表情で覗き込む。

「自分で曲作るわ‥‥」

秋人は予想もしていなかったであろう宣言に、大口を開けた口元を緩めた。

誓いのような其の宣言は、虎太郎のやる気が実力を越えた瞬間だった。

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