雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

15〈エール〉

15〈エール〉

ライブ当日、この日は朝から忙しかった。

メンバー全員で自分達の機材搬入を終えると、マイクテストと音合わせのリハーサル。

先輩バンドに挨拶周りと機材の搬入手伝いをしている合間に、自分達が呼んだ客と場所等の電話のやり取り。

とても休憩する時間なんて無かった。

「お前ら手伝ってくれてありがとうな!今日は一緒に盛り上げようぜ」

先輩バンドの機材を運び手伝う虎太郎達に、先輩達は気さくな笑顔で感謝を伝える。

ライブハウスには会場毎の特色と傾向が有りそれぞれジャンルが違うのだが、其れ故に同じ会場を選んだバンドは好みが似て仲間意識が強い。

この先輩バンドも虎太郎が客として通ううちに、いつの間にか仲良くなった相手だった。

「お前らも頑張れよ、今日は注目されてる高校生バンドを見にレーベルの人が来るらしいからな!」

「ウッス」

意外な程に礼儀正しい返事を返す虎太郎に秋人は大口を開け驚いているが、それだけ虎太郎が先輩の実力を認めている証拠だった。

虎太郎達の出番は二組目。

陽が落ち始めるとライブハウスの周りに客が増え始め、普段は30人も居れば多い位の客が一組目高校生バンドの友達でハウス内は埋め尽くされていた。

「ヤバいっス!めっちゃ客来てるっス!」

「何や?出る前から緊張してんのか!人書いて飲んどけ」

大した問題でもなさそうに虎太郎は雑なアドバイスするが「もう飲み過ぎて吐きそうっス」と答えるマルの顔は笑えない位に青ざめている。

「来てたか?」

マルの体調なんてそっちのけで千夏を探す虎太郎は秋人に聞くが「こんなに人多いと見つけられないよ~」と一緒に探す秋人も困り果てている。

一組目のバンドは演奏を始めているが携帯に連絡は無く、渡せなかったチケットは受付に頼み預けるしかなかった。

裏口で次の出番をスタンバイする状況では、これ以上どうする事も出来なかった。

「そろそろ出番だよ~」

緊張を紛らわそうと自分の顔を叩く秋人を尻目に「ステージで見つけるしかないか・・・」と呟く虎太郎は覚悟を決めたようにステージを見つめる。

演奏を終えた一組目の盛り上がりは学園祭さながら異常な程で、鳴り響くアンコールに応え二曲追加演奏した。

 二回目のアンコールは契約時間外でステージを暗転して対応したが、そんな事を知る由もない客はノリのまま盛り上がり続け。

鳴り止まないアンコールはまるでアウェイのように響き、虎太郎達のプレッシャーを跳ね上げていく。

「おっしゃ~!!行くぞ!!」

負けじと円陣を組み気合いを入れ直す虎太郎達に、スタッフが出番を促す。

その間に一組目の客は帰り始める者もいたが、其れを差し引いても溢れる程の客数は虎太郎達にとって大きなチャンスだった。

 虎太郎達四人がステージ上に上がるとメンバーはライトで照らされ、期待と否定を織り交ぜたような観客の視線に晒される。

メンバー内の打ち合わせでは虎太郎の合図で演奏を始めるはずだったが、ステージ上でも千夏を見つけられない虎太郎は歌い始めようとしない。

「虎君・・・、みんな待ってるよ・・・」

不安げに秋人が小声で呼び掛けても、虎太郎は客と向かい合い仁王立ちしたまま動きだそうとはしない。

短いようで長い数分が過ぎ、不思議がりざわめく客を気にする事も無く虎太郎は千夏を待つ。

「お~!演出か」

仲の良い友人客が気を聞かせ声を掛けるが、それすら冷やかしにしかならず。

会場のスタッフが見兼ねて急かすが、それでも虎太郎は自分の意思を曲げはしなかった。

 ライブハウスの扉が開き千夏が来たのは其の時だった。

「すみません、すみません・・・」と満員の客をかき分け千夏が先頭に来ると、拳を突き上げる虎太郎の合図で鈴はドラムを叩き演奏が始まる。

何の動きも無く待たされていたのが効いてか、客のテンションも変わらず高い。

虎太郎が歌いだすと其の歌声に驚く客のノリは更に過熱していく、其れは初ライブとは思えない程の盛り上がりだった。

「dragon diveとjump starでした」

二曲を歌い終えた虎太郎が息を切らしながら曲名を言うと、地響きのように大きな歓声が会場とメンバーを包む。

「気に入ってくれたか!?」

観客を煽るような虎太郎の問いかけに観客達は再び大きな拍手で応えるが、虎太郎の視線は千夏しか見ていない。

「俺と一生付き合ってくれ!!」

客はバンドのこれからに付き合ってくれと勘違いして歓声を上げているが、もちろんそんな意味ではなく。

其の理由はバンドメンバーと千夏だけが理解していた。

 千夏の返事を待つ少しの沈黙がメンバー全員の緊張を高め、其れは千夏にも伝わっていた。

 千夏は周りの客に気付かれないように両手で小さく丸を作り、照れくさそうに頬を赤らめ頷き返す。

「おっしゃ~!次の曲行くぞ~!!」

その場で飛び上がり喜ぶ虎太郎は再び客を煽り、顔を見合せるメンバーは自分の事のように喜び笑顔を見せる。

鈴のドラム音がリズムを刻みだし、演奏の再開を待っていた客が拳を上げ応え。

三曲目を歌いだそうとした虎太郎が大きく息を吸う。

最前列に立っていた千夏が倒れたのは其の時だった。

 ステージから飛び降り千夏を抱き抱える虎太郎。

「早く救急車呼べ!」

マイクを投げ捨てていた虎太郎の叫び声は、まだ気付いていない鈴のドラム音に掻き消され誰にも届かない。

何が起きたのか解らない後ろの客はまだ盛り上がっていたが、ドラム以外の演奏が再開されない事で気付いた客達もざわつき始める。

意識の無い状態のまま千夏は救急車で運ばれ、こうして虎太郎達のファーストライブは幕を閉じた。

 

 再検査で病気の再発が発覚したのは数日後だった。

「ゴメンね・・・、ライブ台無しにしちゃって・・・」

「気にすんな!まだ曲も完成してなかったし」

とても納得しきれない様子の千夏を気遣い「あの歌詞、次のライブで曲にして聴かしたるからな」と虎太郎は笑い掛けるが、再発後の病状が悪化している事は理解していた。

其れを虎太郎に教えたのは千夏の母親だったが、母親が医師から聞いた診断結果では長くは持たないという最悪の結果だった。

知った日から虎太郎は毎日お見舞いに来ていたが、日増しに弱り痩せこけていく千夏に何もしてあげられない。

そんな自分を責めるように虎太郎は少しの時間でも病院に逢いに行き、家に帰り布団に入るのはいつも真夜中。

逢いに行く度に曲が完成したら聴かしてあげるが病室での口癖になっていたが、とてもじゃないが作曲するような時間なんて少しも無かった。

 そして痛々しい位に自分を責め続けていたのは千夏の両親も同じだったが、千夏の気持ちを汲み取り二人の時間を見守っていく日々が続いていた。

 

「本当に私で良いの・・・?」

千夏の返事には自分が長く生きられない事も含まれていたが「良いに決まってるやろ」と笑い返す虎太郎は、ずっと渡せなかった指輪を千夏の指に差し込む。

この日は虎太郎の休日だったが彼氏らしい事をしたくてもデートに連れ出す事すら出来ない、それでも千夏が喜ぶ事を考えた末のプレゼントだった。

「‥‥ねえ、ブーケみたいじゃない?」

そう言って照れくささを誤魔化すように千夏はカーテンのレースを被り、赤らめる顔を隠す。

「似合ってるよ‥‥、はオカシイか‥‥」

笑い合う二人は付き合ってから初めての口づけを交わす、其れはまるで永遠の愛を誓い合う結婚式のように。

こんな時間がいつまでも続いてほしいと願っても、二人には積み重ねていく日々が限られているのが現実。

この日虎太郎が家に帰った三時間後、千夏は眠るように息を引き取った。

其の知らせを千夏の母親から聞いたのは翌日、虎太郎が仕事中の時だった。

「最後までずっと会いに来てくれてありがとうね、あの子もきっと喜んでくれてると思う・・・」

電話越しの母親は涙ながらに感謝を伝えるが、まだ現実を受け入れられない虎太郎は返す言葉も見つけられない。

そんな状態でも何時も以上に仕事に打ち込む虎太郎は、そうする事で其れを忘れようとしているようだった。

それでも日毎に思いだされる全てが虎太郎を苦しめ続け、葬儀の日も斎場に行く事は出来たが心はそこに無く参列はしなかった。

場違いな自分が参列する事を罪だと言わんばかりに斎場に入らない虎太郎は、斎場近くの路地裏から空に登って行く千夏を見送った。

 其の日から虎太郎は少しでも時間が有れば作曲に取り組む、それこそ何かに取り付かれたように。

それでも虎太郎にとって其れは唯一の救いでも在った。

何故なら虎太郎を突き動かすのは、あの日に千夏と交わした最後の会話。

「たまには早く帰らないと虎君まで倒れちょうよ・・・」

心配そうに千夏は見つめるが「俺が倒れる訳無いやろ」と胸を張る虎太郎は、千夏の言うことを聞き入れはしない。

困ったように千夏が口を尖らしていると「解った、今日は早よ帰って曲作るわ」と虎太郎は仕方なさそうに別れを告げ。

「うん・・・、待ってる」と千夏は笑顔を返す。

これが二人の最後の会話だった。

 この日に約束した、あの日完成しなかった曲を千夏に届ける事は自分にしか出来ない事だと虎太郎は信じていた。

だがそんな精神状態での作曲作業は順調には進まず、作っては壊し作っては壊しを繰り返し。

どうしても納得出来ない自分に挫けそうになるのを支えていたのも「どれだけ大きな夢を語っても現実的な行動をしなければ、何もしていないのと同じ。受け売りだけどね・・・」と千夏があの頃言っていた言葉だった。

そんな苦悩の日々が幾日も続き、曲が完成したのは2ヶ月が過ぎようとした頃だった。

「待たせたな・・・」

ギターを背中に抱え千夏の墓前に立つ虎太郎は、白い息を吐き出し精一杯の笑顔で語り掛ける。

「ほんまはもっと早く来るつもりやってんけどな・・・」

そう言って墓石を水で清め、しゃがみ込む虎太郎は花を手向け両手を合わせる。

語り合うように両手を合わせ続ける虎太郎は、片時も忘れられないあの日を思い出しているようだった。

「伴奏ギターだけやけど許してくれよ」

そう言って背中に抱えていたギター下ろしカバーを外すと、虎太郎はその場に座り込み悴んだ手で丁寧にギターのチューニングを調え終わらす。

上達したアルペジオで奏で始めるギターの音色は楽しかった事を思い出すように優しく辺りを包み、コードを変える度に弦を擦る音が明るいアクセントを効かしている。

だが歌声迄も明るく出来る程、思い出は楽しい事ばかりではなく。

虎太郎は生まれて初めて声を挙げ泣いた。

泣いているのか歌っているのか解らない位、ぐしゃぐしゃな顔で。

止めどなく溢れ出る涙を拭う事もなく、それでも虎太郎は一人歌い続ける。

何故もっと早く作曲に踏ん張れなかったのか。

何故もっと時間を作れなかったのか。

それでも会いたいと思っていたのが正しかったのか。

何故もっと早くに出会えなかったのか。

自分と出会ってからの彼女は幸せだったのか。

自分にももっと彼女の為に出来る事が有ったんじゃないか。

格好付けないでもっと笑わしてあげれば良かった。

そんな想いの全てが歌に篭っていた。

「また来るわ・・・、次はバンドで聴かしたるからな・・・」

そう言って歌い終えた虎太郎が泣き濡れた頬を拭うでもなくギターを終うと、寒空から暖かい日差しが降り注ぐ。

其れはまるで千夏からのエールのように。

 

数ヶ月後。

世間では何事も無かったかのように人々は日々を過ごしていく。

新しい音楽が生まれ消えていくのと同じように。

それでも時が経ち少しだけ変わった事も有る。

其れはあらゆる場所で見つける事が出来て、この場所でも同じだった。

道路を走る何処にでも有る一台の車が、電話の為に車を路肩に停車して下車する。

停車した場所は奇しくも千夏の墓が有る霊園前だが、運転手はさして気にするでもなく通話を済まし再び車に乗り込む。

エンジンを掛け直し下げていたカーステのボリュームを上げると、流れてきたのはあの時虎太郎が墓石の前で歌った曲だった。

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