〈思い出〉3
〈思い出〉3
数日後、そんな状況での運動会当日の朝。
車で小学校のガレージ迄送り届けると、子供は置物のように身動きせず車から降りようとはしない。
学校行事は元々苦手だったので不思議ではなかったが、数日前からの一件も有る。
解らないまま済ませられるような話しではなかった。
車の中では「絶対行かない、行きたくない」と視線も合わせない息子は駄々をこね続け。
「今日頑張ったら帰りにアイス買ってあげる」なんてそんな子供騙しな君とのやりとりでは、らちがあかず。
自分も子供に話し掛けるが、座席にうつぶせたまま聞こうともしない。
本当は理由が有って、ただ行きたくないではないのかも知れない。
そう思った俺は「行きたくないなら行かなくても良いから、きちんと理由を教えてくれ」と聞くが
其れでも全く聞こうともしないので会話にならない。
その時に背中を叩いた。
大人げない。
もっと他に方法が有ったのでは。
そう言われればそうかも知れない。
だが自分には其れ以外の選択肢は無いと思えた。
そこまでしても教えたかった事はわがままを言うなとか、学校には行かないと駄目だなんて理由じゃあない。
人と向き合う事を投げ捨てるなという事だ。
家族だけじゃない。
これから先ずっと生きていくうえで、他人と向き合わなければいけない出来事は沢山有るだろう。
その度に向き合わない方を選ぶようにはなっては、きっとまともな人間にはなれないだろう。
其れが父親として自分が伝えたい事だった。
その後は大泣きした子供を君が俺から引き離し、何とか運動会には参加した。
いきさつはこんな感じだった。
自分が間違っているとは思っていない。
子供を叩いてはいけないという教育理念よりも、自分には大事するべき事だと思えたからだ。
正しく伝わったかどうかは解らない。
其れでもその日の夕方、子供は自分に一言謝った。
勿論解るように説明はし直したが、なんだか少し安心した。
自分が伝えたい事を全て理解する事は出来ないかも知れないが、真剣さは伝わったのだろう。
其れ以外にも教えたい事は沢山有る。
義見てせざりは勇無きなりだとか、面白き事も無き世を面白くだとか。
バレないと思って悪い事をするとおてんとさまが見てるだとか。
いくつかの話しをした時に子供は、
理解出来ずなのか照れくさいのか笑ったりもしていたが無駄だとは思わない。
[我以外皆我が師]
例えば武蔵の残した言葉だが自分はこう理解している。
嫌いな人の嫌な部分は自分も同じようにならないように、気をつけるべき反面教師。
好きな人の良い部分は学び真似すべき尊い教師。
どちらにも学び得る何かが有り、他人と向き合うのを止めたら人間は成長しなくなる。
現在の教育に照らし合わせるなら、そういう事だと思う。
まあ実際は剣士としての心得で、
カマキリや枝のような万物の全てから学ぶ事が有るという意味だと思うが要は考えようだろう。
そんな教育に対する考えや子供に対する想いとは裏腹に、家の中では相変わらず気味悪がられ続ける。
「お父さん帰って来ないの?」
子供がそう聞くのも不思議ではない。
自分が死んでから、もう1ヶ月近くは経っただろう。
不可思議な自分の存在が怖がられれば怖がられる程、求められる父親はこんなに近くに居るのに。
言葉に詰まり返答に困る君をどうする事も出来ない。
こんな状態でも父親だと理解されれば何かしら方法は有るかもしれないが、
自分が子供にどう見えているかすら解らず。
少しでも自分だと伝えようと生きていた頃と同じように生活するが、やはり父親だとは気付かれない。
そんな生活が何日か続いた頃だった。
長男の横暴で兄弟ゲンカと言うには余りにも一方的に妹が泣かされ、洗濯の準備をしている君は気付いていない。
生きていた頃と同じように自分が怒っても、こんな姿では恐がらせるだけかもしれないし。
相手にすらされないか、場合によっては家の中で自分の居場所が無くなるかもしれない。
とはいえ見過ごす事は出来なかった。
たとえ理解されなかったとしても自分は父親なのだから。
すぐさま立ち上がり怒りを示すと、二人は同様に怯えた様子で寄り添い自分を見ている。
どう見えているのか解らないが、もうケンカどころではない雰囲気だった。
どうやら多少は伝わったらしい。
安心した自分が何事も無かったかのように再び座ると、
最初は警戒していた二人も数分後にはいつものように仲良く遊び始めている。
結局そんなもんなのかもしれないなと思いはしたが、とりあえず落ち着きはしたので良しとしよう。
其れよりも予想外だったのは、
この出来事をきっかけに変わっていった子供達の様子だった。
自分が死んでからとは言うものの、子供達は自分が何処に居ても一定の距離を保っていたが。
自分を守ろうとしてくれた事だと娘は理解したらしく、試すように近づいては離れ近づいては離れを繰返し。
少しずつだが幽霊である自分との距離を無くしていき、次第に恐れなくなっていく。
もしかしたら娘は帰ってこない父親だと気付いたのかも知れない。
そんな妹に影響されてか息子も同じように面白半分近づいては、からかうように逃げて走り去って行く。
ちょっとした度胸試しみたいに。
そんな子供達の元気な姿を見て君は安心したように笑う。
きっと君には二人がいつものように、ふざけあい走っているように見えただろう。
其れでも構わない。
いつの間にか自分は生きていた頃と同じように笑い。
懐かしみじゃれるように追いかけ走り回る、そんな遊び相手になっているのだから。
大袈裟かも知れないが、自分にとって其れはまさしく奇跡だった。
勿論お父さんなんて呼んではくれないし、自分が父親だと伝える事も出来ない。
触れる事も出来なければ、抱き上げる事も出来ないのは変わらない。
実際に遊んでいる相手が父親だと気付いているかどうかすら解らない。
其れでも子供達は楽しそうに笑い、あの頃と同じように所狭しと部屋中を駆け回っている。
まだ何も残せていないと思っていたし、自分だと解る特徴なんて無いと思っていた。
だがそう思っていたのは自分だけで、もしかしたら子供達には解る何かが有るのかも知れない。
少ない思い出の中で、自分が子供の頃に想い描いた父親像と同じように