雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

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「オバケの代償」2

「オバケの代償」2

 

 そこまで話すと自分が受け止めるのを待つように、姉は何も語らない。

 まるで時間が止まったかのように、車道を走る車のエンジン音や通行人が楽しそうに会話する笑い声が響く。
 そんな街の喧騒なんて気にもならない程、
 冷静に会話を読み取り自分が知っている事と照らし合わせ理解していく。

 驚きすら表さない位に頭は冴えていた。
 父親と似ていると異常に嘆く兄が、自己嫌悪に陥る理由が少しだけ解った気がする。

 自分にも其の異常な血が流れているのだと、だがそんな事は自分にとって大した問題ではなかった。
 親がどうであろうが自分がそうならなければ良いだけの話しで、さして気にする程の事ではないし。
 自分が居ない所で起きていた出来事に心を病む程の聖人でもない。

 問題は其処ではなかった。
 唯一つだけ聞かなければいけない事が有る。
 例え其の先に何が有ったとしても。

「俺……、オトンが居た頃の記憶小さすぎて無いんやけど、其れはオネエもされてたんか?」

 勘の良い姉に覚られまいと顔を逸らし、できるだけ普段と変わらない声で訊ねる。
 返事次第で父親は殺すつもりだった。
 どんな手を使ってでも確実に。

 覚られまいとした時点で其の算段は既に始まっていた。
 たとえ姉が過去の事だと許していたとしても、そんな事は自分には関係なかった。

「……イヤ私は大丈夫やったよ、そんなんは何もされてないし普通にオトン優しかったから」

 即答する姉の返事に違和感は無かった。

 少しでも不自然なら実行する意志は決まっていたが、そんな素振りも全く無く。
 むしろ質問の意図を読み取ったかのように
「もしもそんな事されてたら今さら会おうとも思わへんしな」と姉は付け足し、
 あんたもバカやなと言わんばかりに笑ってみせる。

 本気だからこそ少しホッとしたのも事実で、その後の話しはほとんど聞いていたようで聞けていない。

 オトンがした事を知った嫁が包丁を手に取り、自分の腹を刺して死のうとしたとか。
 もう数ミリ深く刺さっていたら本当に死んでしまうところだったとか。

 そんな痛ましい出来事が在ったにも関わらずオトンと嫁は離婚せず、
 今も其の子供達とは何とか一緒に暮らせているとか。

 其の兄弟達も俺に会いたがっているとか。
 何だか聞こえる全てがニュースでも見ているみたいに他人事で、肉親の話しだなんて全く実感が湧かない。

 其れでも気にならないのは自分が楽天的だからか無関心なのかは解らないが、
 最悪の結果だけは避けれたのは間違いなかった。

 後日。其の父親と会うために行った場所は洒落たバーで、
 何の説明も無いまま姉に付いて行き入った店内を慣れない様子で見回す。

 姉は早々と二人分の飲み物を注文して落ち着いているが、何処に父親が居るのか知らない自分は気が気でない。

「オトンはまだ来てない?」

 思わず訊ねる自分に「もう居てるよ」と答える姉は、
 まるでクイズの出題者のように悩む回答者の反応を面白がっている。

 何だか可笑しなやり取りだが、其れが面白くなってきたのは自分も同じで。
 意地でも答えを聞かずに見つけてやると、躍起になって店内の客を見回す。

 自分達が座ったカウンターの奥には四席のテーブルが有り、
 どのテーブルも客は沢山居たが誰が父親かは直ぐに解った。

「解った?……」

 そう聞いて笑う姉の表情は、ちょっとしたイタズラ心に溢れている。
 父親は客ではなく、カウンターの中で働くバーテンだった。

 金髪の長髪を首の後ろで縛る風貌は、とても自分の父親世代には見えないが。
 年老いて増えたであろう肌のシワやくすみを差し引けば、自分と兄にそっくりで間違いようもない。

 姉の紹介で成長した自分と初めて顔を見合わす父親は、
 マジマジとこちらを見据え。「大きくなったな……」と感慨深そうに呟く。

 父親に対する特別な思い入れが自分に無いせいか、やはりTVのような感動の再会にはならない。
 親の心子知らずとは正にこの事なのだろう。

 其れでも偽りようのない父親の表情を見ていると、子供なりに父親にも強い思いが有るのは伝わってくる。

 とはいえ父親にとっては慌ただしい仕事中なので、長々と思出話を語れる程に暇ではない。
 そんな状態だったので、後は挨拶程度の会話を二言程しただけだった。

 もう二度と会う事は無いだろうと思っていたし、
 さすがに遠出して会いに行き其れでは互いに物足りないのは言うまでもなく。

 父親の仕事が終わるのを待ち、もう一度会う事になった。

 再び父親と合流した場所はカラオケ店だったので静かに話し合えるような所ではないが
 互いに照れくさかったのもあるし、もう深夜で空いてる店も限られていたのは都合が良かった。

 カラオケには義兄弟も参加したので何だか不思議な集まりは、
 互いに傷付けないように興味と共感を分け合い時間を共有していく。

 父親はビートルズと演歌を歌い、自分は最近のロックを歌った。
 演歌だけじゃないのが何だか父親らしい気がするが、
 きっと年寄りじゃない格好良い所を見せたかったんだと思う。

 そんな長いようで短い宴は、少しばかり別れを惜しむように解散する。

 別れ際に父親からさりげなく手渡される銀色のライター。
 特に高級な物という訳ではないが其の気持ちは、この先何年の月日が経っても忘れてはいけない気がした。

 存在しないものだなんて思っていた自分がどれだけ親不孝な子供で、
 親の気持ちが理解出来なくても確かに伝わる何かが其処に在ったんだと思う。

 あれから自分も大人になり、子供の居る父親になった。
 だからこそ解るようになった事が有るし、逆に解らなくなった事も有る。

 父親という自分が存在しなくなった事で、
 子供達は喪失感を抱えているとばかり思っていたが実は其れだけでもなかった。

 何やら一人黙々とお絵かきをしていた娘が照れくさそうに自分にだけこっそりと見せてくれた其の絵には、
 父・母・兄・娘の家族四人とグレーで描かれたオバケ。
 そんな異質な家族が一人増えた絵だった。

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