雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

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「親不孝とライオン」2

「親不孝とライオン」2

 

 そんな後ろ向きな気持ちを書き消すように、
 せめて今まで出来なかった事をしようと保育園に娘の様子を見に行った。

 生きていた頃に行った保育園の参観日では、子供達が普段は仲良く出来ているのか。
 其れを知りたくてわざと遠巻きに眺めていたが、そんな事をしている親は自分だけで。
 他の親達は寄り添うようにして眺めているので、娘を怒らせたのを覚えている。

「お父さんの前ではいつもあんな感じなのですか?」

 誰が見ても解る位のしかめっ面でふてくされていたので、心配した保育士は探るように自分に訊ねる。
 少しばかりの弁解と苦笑いを返すしかなかった。

 そんなつもりじゃなかったのにと多少の反省はするが、やはり親心というのは子供には伝わらない。
 他の親達は気にならないのだろうか、自分が居ない場所で過ごす子供達の生活が。

 其の日は直ぐに娘と仲直りして無事何事も無かったが、考え方や気持ちが変わる訳ではない。
 そんな出来事が有ったからか、ずっと知りたいと思っていた。

 どんな子と仲良くしていて、どんな話しをしているのか。
 どんな遊びをしていて、何を楽しいと思っているのか。
 どんなふうに接していて、どんなふうに思われているのか。
 ある程度は聞いてはいても、解らない部分は多々有る。

 それら全てが只の杞憂になったとしても、いつまでも安心する日なんて来ないだろう。
 だがそんな気持ちとは裏腹に、知らなければ良かったなんて事が世の中には沢山有る。

 それこそ他人には些細な事でも。
 この日は正にそうだった。

 最初はなんでもない園児達の日常、保育士主導の読み聞かせや勉強に手遊び歌が続く。

 底無しな子供達の行動力は大人の体力を簡単に奪うので、ただ傍に居るだけでも容易ではない。
 生きていた頃の自分は子供と一緒に居ると直ぐに眠くなったものだ。

 そもそもの時間軸が違うとさえ思える。
 それこそ駆け抜ける早さで、次々と新しい興味や疑問を見つけだす。

 そんな子供達の日常を見守り向かい合い続ける保育士や教師、
 そして母親は尊敬するより他に当てはまる言葉が見つけられない。

 もちろんただ尊敬しているだけではいけないので此所に来たのだが、どう転んでも霊は霊。
 全く手出し出来ないもどかしさは言うまでもないだろう。

 見守るというよりは見てるだけなのだから、助けたいと思えば思う程に苦しくなる。
 そんな解決出来ない苦しみの発端は園児主導の外遊びだった。

 娘と砂場に集まった子供達は思い思いの何かを造り、それぞれの役を演じていく。

 一緒に遊んでいるようで繋がらない会話の纏まりの無さは子供らしく可愛いものだが、
 其のおままごとで子供達が父親の役を出す度に居た堪れない気持ちになる。

 何も知らない他の子は自然にしていても、娘は傷付いているかも知れないし。
 笑ってやりとりしているが、其れも作り笑顔かも知れない。

 そんな中、園児達は楽しそうおままごとを続けている。
 知らないから仕方ないだろうが、こんな姿のせいか何だか呪わしくなってしまう。

 とても見ていられなかった。
 きっと娘は泣き出してしまうだろう。
 そう思っていたが、娘は家に帰るまで笑って応えていた。

 不安が消えた訳ではないが我が家での様子も普段通り、
 このまま何もなく過ごせれば良かったが人生そう甘くはない。

 いつものように眺めるテレビにはタイミングを狙ったかのように、動物の家族愛がテーマの番組。
 どの動物達も子供が親に寄り添い守られている。

 いくら家族の一員だと子供に思ってもらっても、テレビで動物の親子を見たりすると自己嫌悪してしまう。
 獅子は子ライオンを谷底に落とすなんて言うが、自分は子供を奈落の底に落としたようなものだ。

 テレビで映る動物の家族愛を見てか真似するように娘は、自分の膝の上に座ろとするが出来なくて泣き始める。

「ココで上に座るの~」

 自分が生きていた頃、娘の特等席は自分の膝元だった。
 今の自分には其の代役にもなれない。

「ちゃんと座れているよ~」

 それとなく君はなだめるが、自分を見れない君にとっては意味不明なわがまま。

 そのせいか君は本当の事を子供に隠さずに言うか悩み、
 時おり友達とメールのやりとりで相談しているようだった。

 まだ納得していない娘をとにもかくにも、どうにかするしかない。
 焦る視線の先に見えたぬいぐるみを指差し、理解した娘は持って来たぬいぐるみを使って父親を再現する。

 椅子の上にぬいぐるみを置き更に其の上に座る。

 そんな居心地の悪そうな座りかたを君は不思議そうに見つめているが
「コレお父さんが買ってくれたんだよ」と満足気な娘はさっきまで泣いていたのが嘘のように、
 聞いてもいない自慢話を始める。

 すっかり自分も忘れていた。
 そのぬいぐるみは娘と初めて動物園に行った時、泣き付かれて買ったライオンだった。

「そう~、良かったね」

 そう言って晩御飯の準備を再開する君は、包丁でまな板を叩く音をリズミカルに響かしている。
 君の相づちに笑顔を返す娘の可愛いらしさは、簡単に親の気苦労を打ち消してしまう。

 自分が子供の頃もこんなだったのだろうか。
 そうだとしたらこの子達のように自分も存在するだけで、親孝行だったのかもしれないが納得は出来ない。

 親より先に死ぬなんて以ての外で。
 出来ることなら老後の心配なんて考える必要も無い位に稼ぎ、
 今まで苦労してきた分もっと楽さしてあげたかった。

 あの時に俺はどんな顔をしてたんだ。
 母さんは言われた事が悲しかったんじゃなくて、そんな事を言わさせてしまったのが悲しかったんじゃないのか。

 もう謝る事すら出来ない。
 ごめんな母さん。

 今更伝えられないのは解っている感謝も、もう言葉には出来ない。
 ただ一つ思い出したのは自分が一人暮らしを始めて1年後。

 電話で母さん産んでくれてアリガトウと伝えた時。
 本当はもっときちんと、自分は母さんの子供に生まれて良かったと云いたかった。

 だけど十代だった其の頃はアリガトウだけでも照れくさくて、早く電話を切りたくて。
 ただ受話器越しの母さんが「何を言ってんのアンタは」と言いながら凄く嬉しそうなのが解ったから、
 用件は終わったのにいつまでも電話は切れなかった。

 施設に迎えに来てくれた時。
 いつまでも繋いだ手を離せなかったように。

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