「告白とアルバム」1
「告白とアルバム」1
君と二人で写った写真は少ない。
思い出というのは心に残すものだと思っていたし、互いに手を繋ぐ事すら恥ずかしがるような人だから。
照れた写真写りを気にして、まあ良いかと気にもしていなかった。
君と初めて出逢ったのは17才の時だった。
其の出逢いに特別な思い出なんて無い。
それこそドラマのように衝撃的な展開もなければ、映画のように感動的な偶然も無く。
何処にでも有るような話しで、バイト先の仕事仲間だった。
仕事姿を美しいなと思った事は有るし今まで出会ったどんな女性よりも話しが合うとは思っていたが、
其の気持ちを恋だと思える程に自分は直情的ではなく。
働いていた中華料理店は誰もが仲の良い職場だったので、
特別な思い入れではなく其れは互いに同じだと思っていた。
何よりも無意識にそう言い聞かせていたのは、其の頃の君は友人の彼女だったからなのかもしれない。
君がこの街に来た理由は編集の専門学校に通う為で、自分がこの街に移り住んだ理由は自由を求めてだった。
中学校卒業してから程なくして養護施設を出ざるをえなくなったのは、
バイクに乗ってはいけないという施設の規則。
預かっている責任という職員の言い分は解るが、自分にとっては実につまらない理由だった。
当時のバイトは魚屋で朝も早かったし、夜間高校で施設に帰る時間も遅く。
スピード違反位は普通にしていたが、バイク自体は特に違法な改造をしている訳ではない。
「バイクに乗っているって子供達から聞いたけどホンマか?」
職員の質問に対して嘘を吐きたくはなかったので、答えれない事が答えだった。
「バイクの鍵を渡して施設に残るか、渡さずに施設を出て行くか選べ」と迫られたが、
自分にとっては選択肢が無いに等しかった。
仕方なく親元に帰って夜間高校に通い続けていたが、考える迄も無く。
そんなものは時間の問題なのだろう。
当然自分が望まなくても悪友達と再会する。
先輩達は懐かしみ裏切り者の自分を再び仲間に迎え入れてくれたが、
薬物に手を出しあの頃よりも悪くなっている彼等との遊びが楽しい訳も無く。
自由を求めるには逃げるようにして再び地元から出るしかなかった。
大して金も何も無いのに17才で独り暮らし。
無計画で無知な試みは当然母さんに否定されるが、自分の心は決まっていた。
例え金融会社に借りる事になっても、住み込みで働くにしても自分は自由を選ぶつもりだった。
とはいえ金が無いのは事実。
どうしようかと考えあぐねていた時、救いの手を差しのべてくれたのは兄貴だった。
説明せずとも話しは隣部屋で聞こえていたのだろう。
自分を呼び寄せた兄貴は理由を聞くでもなく「コレを使え」と自分の前に三百万の札束を投げ置く。
歳の離れた兄貴は自分にとってずっと怖い存在で仲が良い訳ではない、
其れでも本当に困った時に助けてくれるのはいつも兄貴だった。
自分なんて比較にならない程に悪い事ばかりしていた兄貴が、やっと真面目に働き地道に貯めた金は重味が違い。
無いなら借りたら良い位に考えていた自分が、どれだけ甘いか思い知るには充分だった。
其れでも借りずにこの町で生きていくのは死んでいるのと同じで、其の気持ちに甘えるしかない。
「いや……、こんなには……」
「ええから持ってけ」
かろうじて返した遠慮の言葉も兄貴には無意味に思えた。
若さゆえに考え無しの行動なのは云うまでもなく、高校を中退して。
これから住む土地を決めたのは賃貸情報誌で安かった地域、移動も原付だから半日以上掛かり。
こうして移り住んだ町で君と出会った。
自分にとっての恋愛は恋に恋するような浅いもので、自分自身の気持ちすら理解出来ない。
この町に来た理由をせめて格好の付く何かにしたかったのも有るだろうし、
もっと強くなりたいと思っていたのは事実で。
5時にバイトが終わればボクシングジムに通い、ひたすらシャドーと縄跳びジムが終われば公園を走り込む。
自分は恋人なんて要らないと言い切って、夢見がちに走り続ける。
そんな生活が半年以上過ぎた頃に身体が悲鳴を挙げ、自分の意思とは一致しなくなった。
しゃがみ込もうとするだけで下半身に激痛が走り、理由が理解出来ないまま同じように数日を過ごす。
当然そんな生活を続けられる訳もなく。
病院の診断を受けると両膝疲労性骨折になりかけていて、骨にヒビが入っていると告げられた。
全く身動きせずに弱性の電気を当てる治療は、考え無しに走り回っていた自分を振り返り考えさすには充分で。
自分が本当にしたかった事は何なのか。
続けた先に何を求め、いつまで其れを続けるつもりだったのか。
していた事は楽しかったのか。
立ち止まる事で今までおぼろげにしか考えていなかった事の答えを、ひたすら探し始める。
時間なら幾らでも余っていた。
そもそも思い通りにいかない事は多く。
プロに成り有名になって、落ち着いたら画家になるなんて思い描いていたような者には程遠く。
スパーリングがしたくてジムに通っていたのにリングに上がった事は無いし、
トレーナーから声を掛けられた事も少ない。
自分には向いていないと考えるのは当然で、
結局何がしたかったのか先ずは其れを見付けるのが新しい目標となった。
とはいえ特に何かする訳でもないまま持て余す時間。
足りない何かを探すように人と向き合い、埋め合うようにダラダラと夜毎遊び廻る日々が続く。
きっと何かが足りないと思っていたのは仲間達も同じで、そんな仲間の一人が君だった。