「告白とアルバム」2
「告白とアルバム」2
偶然という意味では多少はそうなのかもしれないと思えるのは、
互いに地元ではなく知らない土地に出た先で出会ったという事位で。
付き合っている人が仲間の一人だという時点で、恋愛対象とは考えられない。
だからこそ君には何でも話せた気がする、不必要な意識をせずに好きなだけ遠慮なく。
友人がバイトを辞め、二人で話す事が多くなっても其れは変わらなかった。
いつしか自分は君と話す為の話題をTVで探すようになり、其の気持ちがすでに恋とは気付かないまま繰り返す。
其れが互いに同じ気持ちだった事にも気付かず。
先に其の気持ちが恋だと気付いたのは君だった。
好きな人が出来たからと彼に別れを告げるが彼は拒み続け、考え無しに自分が相談に乗った事も有る。
そんな時期が幾日か続くと、幾ら鈍感な自分でも薄々気付いてしまう。
恋人が居るのに好きになってしまった相手というのは、自分の事ではないかと。
馬鹿なのは其れに気付いても自分の気持ちに気付いていないから、必要以上に君を避けていた自分で。
好きでもない相手を好きなフリをしたり、恋人が出来たと思わせたり。
友人を裏切らない方法を模索してるつもりで、結局自分が格好つけたいだけ。
其の結果二人共を傷付けてしまったのはいうまでもなく、其れでも君は諦めず自分を見捨てなかった。
久しぶりに二人で話したいと友人から連絡が来たのは、そんな状況が続いていた時だった。
仲間三人で飲みに行き、其の帰り道公園に寄り二人になる。
好きになった相手は自分だと君から言われたのだろう。
「次に付き合うのがお前なら別れても良いと思ってる、ただ一発だけ殴らしてくれ」
そう言って友人は怒るでもなく俺に笑い掛けた。
互いに告白した訳ではないし、其の頃に君と付き合うつもりではなかった自分に答える事は出来ず。
「イヤ……、何でもない今のは忘れてくれ……」と察した友人はお茶を濁す。
二人が別れたと友人づてに聞いたのは、其れから数日後の事だった。
以降も友人とは何回か会っている。
友人が参加しているバンドのライヴに誘われ観客としてだが、
打ち上げに行った事も有るし話しも普通にしている。
そんな感じで急には関係性が変わらないように、自分の気持ちも簡単に変わるものではなかった。
とはいえ実際には仲間の誰もが変わり続けていき、自分だけが取り残されていくような現実で。
自分の気持ちも解らないまま君を避け続け、いつまでも君を待たし続けていた。
少し言い訳をするなら多少の罪悪感と、格好つけな意地だったのだろう。
数ヵ月後君から告白された時に断ったのは、そんな気持ちからだった。
其れから数ヵ月後、専門学校を卒業した君はバイトを辞めて地元に帰り。
自分もバイトを辞めて定職に就いた。
だからといって全く会わなかった訳ではないのは、
君を応援していたであろう友人達が画策してくれていたのだろう。
自分が誘われた集まりには必ず君が居たし、自分も心の何処かでは常に君を探していた。
あの頃を一番楽しいと思っていたのは自分も同じなのに、
まだ其の気持ちを理解出来ないまま時間だけが過ぎていく。
ずっと考えていたのは今まで自分には必要無いと考えていた恋や愛、幸せや将来といった相手在っての話しで。
自分に正直になり結論が出たからと言って正解にはならないのは、
あの時友人に見せる事が出来なかった覚悟と勇気が必要だから。
「告白して付き合う=結婚やろ、試しに付き合うとか理解出来ん」
こんな事を言っていた位なのだから、自分の恋愛感は古く重いのかもしれない。
そんなふうにいつまでも不器用にこだわっていた友人に対する罪悪感は時間が解決してくれた。
あれだけ別れたくないと言っていた友人に、新しい彼女が出来たと聞いたからだった。
いつまでも立ち止まり考えているだけではいけない自分も前に進まなくては、
そう思うには充分な出来事だった。
もう自分の中では決まっていたのだと思う。
君にとってはどうだったのか解らないが、
自分にとっての恋は視線が合っただけで息が止まるようなものではなく。
それこそ兄弟のように隣りに居るのが自然で、家族のような存在だと気付くのに何年も掛かってしまった。
今更だが今なら友人の問いに速答出来ると言える。
とはいえ今でも君が自分を想ってくれている確証なんてなかった。
会える機会は少ないし、会ってもずっと避け続けていたのだから。
其れでも自分の其の気持ちは伝えなければいけないと決心出来たのは、ケジメというやつなのだろう。
仲間達の集まりに誘われたのは、其れを実行すると決めた時だった。
フラれたら君も自分も仲間達とは会いにくくなるかもとか、そうなると君には迷惑だろうかとか。
もう会えなくなるかもしれないなとか。
そんな不安の方が大きかったのは待たし続けた自分のせいで、
だからといって伝えないのは言い訳で違うだろうと言い聞かせ。
そんなふうにずっと君との事ばかり考えていた。
もう考えるのは止そう。
そう思えたのは久しぶりに会った君が、あの頃と何も変わっていないと感じれたから。
もっと話しをしたいとか、もっと一緒に居たい。
そんな素直で単純な気持ちに身を委ね。
二人になれたのは其の集まりが解散する時だった。
呼び止めた自分の言葉を、立ち止まる君は不思議そうに待っている。
「俺と付き合って下さい」
今更何を言ってるの、そんな言葉が頭を過る。
其れでも後悔はしないだろう、自業自得なのだから。
もしかすると自分の気持ちは見透かされていたのかもしれない。
そう思えたのは二つ返事で、はいと返した君が笑顔だったから。
こうして俺は君と付き合い始めた。
いろんな所に一緒に行き、いろんな事を一緒にしたが二人の写真は数える程しかない。
子供の写真なら数え切れない程に撮ったのに。
身体も無く自分が今でも存在する理由が心残りと言うならば、其の内一つはきっと此れだろう。
今日も走り疲れて寝る子供達の隣りで、布団に潜る君はそっとアルバムを開く。
思い出す日々。
時が経つのは早い。
どんな事も昨日の出来事のように思い出せる。
君が半分位ページを捲った頃、起きた娘が一緒にアルバムを覗き込む。
「お父さん帰ってこないの・・・」
今にも泣き出しそうに唇を噛む娘に、君は言葉を返せずにいる。
ずっと聞きたくても聞けず、きっと抱え込んでいたのだろう。
もう自分が居なくなって、一年近くが経とうとしていたのだから。
開かれたアルバムには数少ない自分の写真が入っていた。
こんな事になるなら、せめてもっと残せばよかった。
どんなに照れくさく、馬鹿でマヌケな顔をしていようとも。
結局解っているつもりで何も解っていなかったのだろう。
誰にでもいつか来る別れ、そんな単純な事を。
何を残せたと言える。
其の相手が大事で在れば在る程に耐え難い痛みを伴い。
立ち直るのに時間を要するのなんて解りきっているのに。
だからといって出逢った事を後悔なんてしない。
何も残せなかった自分が君に残せた唯一、其の証明がこの子達だから。
自分がいつまで存在出来るかなんて解らない。
其れでも出来るだけ長く続いてほしいと思う。
今日は泣き顔を見る事になっても、きっと明日には笑顔を見せてくれる。
そう信じている。
例えば其れが晩飯のおかずが好物だったでも良いし。
席替えで新しい友達が出来たでも良い。
とるに足らない些細な出来事の一瞬でも、其れだけで自分も笑顔になれるんだ。
もう写真には残せなくても。