「新しい玩具と箱」1
「新しい玩具と箱」1
形在るものは全て壊れる。
誰もが知っている事で其れは疑いようも無い事実だろう。
其れでも何か残してあげたかったと想うのは、今の自分がこんな姿だからかもしれない。
思い返せば高級な玩具も買ってあげた事は無いし、特別にお金の掛かるような所にも行ってはいない。
自分が子供の時と同じように考えるからなのかも知れないが、染み込んだ貧乏性は簡単には抜けず。
多くを与えて沢山捨てるようになるよりは、少なく与えた中から楽しみを見付けてほしいと思っていた。
手に入れたボール一つでプロ選手を夢見るような、そんな爽やかな少年に。
やはり子供は思い通りには育たないし、親の思うようにはならない。
誰もが知っている有名な遊園地に行った時もそうだった。
最初は其れなりに楽しんではいるようだったが、
待ち時間の多さとか歩く距離の長さに耐えられなくなり不満を漏らし始め。
結局パレードの時間になると疲れきっていて、興味を持たなくなり帰りたがる。
流行り物が好きな訳ではないが、
コレも見させてあげたいしアレも乗らしてあげたいみたいな親の拘りや思いは重荷にしかならず。
また行きたいと言うような、子供達にとって楽しい場所にはならない。
それとは逆に全く有名でもない地元の小さな動物園に行くと、
所狭しと駆け回り親を引っ張り回してはしゃいでいる。
見て回る動物が沢山居る訳でもないし、大したイベントが在る訳でもない。
強いて珍しい部分を言うなら入り口で買った餌を動物達に挙げれる位で、他には特に何も無い。
其れでも帰る前にソフトクリームを買ってあげれば食べる子供達の表情は満足げで、不満なんて口にしない。
子供にとって丁度良い広さとか面白さなのかも知れないが、
親からすればCMで流れるような所に連れて行ってあげたいと思ってしまう。
もちろん場所ではなく玩具なら高級なゲームの方が喜ぶだろうが、親心というのも簡単ではない。
ただ喜べば良いという訳ではないのだから。
買い与えた物から何かを感じ学んでほしいし、其れが夢中で在れば在るほど良い。
だがそんな思いとは裏腹に自分が子供の時に大事だった物を思い返すと、そんな大層な意思は特に無く。
こずかいを少しずつ貯めて買ったサッカーボールや、流行っていた菓子のオマケシール。
出来るだけ金を掛けずに改造した小さな四駆や、キャラクター重視の消しゴム。
そんなガラクタという宝物の中でもコレが一番大事というのが有ったし、
他にも当時は沢山有ったのだろうが何れも次第に思い出せなくなり。
いつの間にか省みる事の無い大人に成っていた。
自分だって子供の頃はアレもソレもコレも欲しかったのに、子供にばかり希望を求めるような。
お金が全てではないだろうが欲しかった物は全て其れで手に入る、今は欲しい物ではなくなっただけで。
だからと言って、あの頃の気持ちを変わらずに持ち続けるのが正しいとは思わない。
きっと其れは兄貴が教えてくれたのだろう。
理由は詳しく聞いていないから解らないが、兄貴が地元から出たのは自分が地元を離れて二年後の事だった。
奇しくも自分が一人暮らししている地域から遠くない場所だったのは、
都会と言えば其処だろうという意識だったのかもしれない。
この町は自分には小さすぎるなんて格好つけていたが、そんなに社会は甘くなく。
学歴の無い兄を引き受けてくれるような職場は、簡単には見付ける事が出来なかった。
幾ら面接に行っても受からない日々は不安だったのだろう。
兄からの珍しい電話が其れを物語っていた。
兄から借りていた三百万の内二百万は直ぐに返していたので、
残りの返却分を払えるだけ返す提案をするが強がる兄は受け取ろうとはせず。
職種は選らばない方が良いんじゃないなんてアドバイスに力は無く。
何の助けにもならないまま、兄が仕事を見つけたのは一ヵ月後の事だった。
落ち着いた今はボクシングジムに通っていると聞いていたので、
兄貴なら自分が諦めたプロになって活躍するかもなんて思っていた。
だが其れを聞いて安心し喜べたのも最初だけで、連絡をしない数ヵ月の間に状況は一変していた。
連絡が無いのは元気な証拠みたいな考えで気にもしていなかったが、
心配そうに話す姉からの電話内容は自分にどうこう出来るような事ではなく。
かといって家族なら誰しもが放っておく事も出来ない、そんな内容だった。
兄には直ぐ電話した。
会って話したら怒らせそうで少し怖い気がしたし、自分には理解出来ない部分も多いから。
聞いた内容を問いただすような感じではなく、軽い雑談をしながら実状を探ってみる。
まだジムには通っていると話す兄は元気そうで安心したが、
ジムに対する不満から察するに上手くはいってなさそうだった。
会話が長引くに連れて姉が心配して言っていた事を、兄は自慢気に話し始め。
数十分後には事の真相を理解出来た。
やっとの思いで兄が見付けた仕事は土木関係だったが、其の働き先で出会い仲良くなった人が悪く。
其の友人に誘われるまま始めた副業がヤクの売人だった。
類は友を呼ぶとは昔の人は上手く言ったもので、兄もそうだったのだろう。
金回りの良くなった兄はキツイ力仕事を辞めて、危ない副業を本業にしようとしていた。
自分の考えるような道徳や良心の話しが屈折した兄に伝わるかは解らないが、
精一杯の言葉にして投げ掛けていく。
最終的には喧嘩腰に兄弟の縁を切るなんて、できもしない嘘まで吐いて。
やはり電話にして良かったと思えたのは、喧嘩になって本当に縁を切らなくて済んだのと。
其の会話に効果が在るほど、兄が兄弟を大事にしている事が解ったから。
そんなに悪い人じゃないから気になるんやったら会ってみろと言う兄に、
そういう事じゃないだろなんて思ったが会ってみないと解らない事も在るかと思い。
実際に会う事になったのは数日後の休日、良く晴れた日の正午だった。