雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

「教室と青空」2

「教室と青空」2

 自分が中学生なったばかりの頃に知り合った先輩達は怖い人ばかりだったが、
 お調子者な其の先輩は怖いというよりは軽い感じの人で在り。

 グループの中でもどちらかと言えば弱く、馬鹿にされているようなタイプだった。
 其れよりも馬鹿な自分は相手の本質を理解せず、利用されていた事に全く気付いていなかった。

「お前の家見に行こうや、見てみたいわ」

「家に来ても遊ぶ物無いから何も面白く無いッスよ」

「ええやん、ええやん。やる事ないし」

 半ば強引なやり取りで行き先を決められ我が家に向かう事になったが、
 どうせ飽きて直ぐに出掛けるだろうと思っていた。

 親の財布から幾ら盗んだなんて自慢するような手癖の悪い人だと知っていたから、
 多少の心配はしていたが貧乏な我が家に盗られる物なんて無いと思い込んでいた。

 家の中ではアルバムを見たりする位で後はなんて事のない雑談、
 別行動だったのはトイレの時だけで疑いようもない。
 ただ変だなと思ったのは其の後出掛けてからの金遣いで、何故かやたらと奢ってくれる。

「また親の財布から盗んだんや」と上機嫌で言っていたが思い返してもそんな振る舞いは今までに無く、
 我が家が盗難に遭ったと聞いたのは数日後だった。

 思っていたよりも大金で驚いたが其れよりも驚いたのは隠し場所で、
 トイレ前の脱衣場に置いていたショルダーバッグの中。

 家に入ってしまえば鍵が付いている訳でも無いから、見付ければ誰にでも盗る事が出来る。
 証拠は無いが余りにも合いすぎている辻褄は、どう見ても先輩が犯人だと物語っていた。

「お前何か知らんのか?」

 兄に聞かれたが本当の事を答える事は出来ない。
 仲間を売る売らない以前に自分も同罪だとは思っていたし、
 何よりも言えない理由は止められない兄の性格と相手の親の職業。

 地元では親の職業が組員なんてのが普通に居て、自分と同学年の友達にも一人いたし先輩にも二人居る。
 先輩の親が関わってくるかなんて実際は解らないが、其れも兄の行動次第なのだから予測しようも無い。
 解っているのは互いに関わらない方が良い人間性だという位だ。

「怒らんからホンマの事言え、お前が盗ったんか」

 認めるしかなかった。
 盗られた金の事は自分が返せば良いと思っていたし、これ以上兄に迷惑を掛けたくなかった。

 小さく頷く俺を一発叩いた兄は「もう許したから何も言わんでいい」と立ち去り
 いつまでに金を返せなんて一言も言わなかった。

 まだ暴力的だった兄が、力任せに殴るのでは無く平手で叩いたのが余計に心に響く。

 ここぞという時にいつも兄は格好よく、助けて貰った事も数えきれない。
 きっと俺が知らないだけで他にも沢山在るのだろうが、兄は其れを自慢気に言おうとはしない。

 母さんを殴っていたあの時の頃を俺が許してはいないように、兄もこの時の事は許していないだろう。
 だが其れでも互いに認め笑い合う事が出来るのは、兄弟だからというだけではなく。
 人として兄を尊敬しているからだろう。

 他人よりも人柄を知る機会が多かっただけで、例え他人だったとしても学ぶべき事は多い。
 それこそ若い頃は反面教師な部分も多かったが、憧れが変わる訳ではない。

 とはいえ幾つになっても兄は兄だし、大人になってからも其れは変わらない。
 こんな自分でも受け入れてくれるように、俺も兄を受け入れている。
 きっと認め合うという事はこういう事なんだろう。

 自分の息子も同じように家族や友人達と過ごす日々の中から学んでいくのだろうか。
 自分が正しいと思う意思を貫き其れを守る為に。

 今は見守る事しか出来ないが、其の答えは此のやり取りの先に在るのだろう。
 相手は謝ったが息子は最後まで謝りはしなかった。

 理由は妹の服装を馬鹿にされたからだった。
 可愛いらしい動物プリント柄のTシャツだが、
 表情が個性的だったので冗談半分に言ってしまったのだろう。

 ケンカ両成敗という大人のルールに当て嵌めるなら、息子も謝らなければいけないのかも知れない。
 だが子供達自身は自分で考え、どっちが悪いか理解しているように思えた。

 結局息子は謝る事は出来なかったが許す事だけは出来た。
 二人は仲直りの握手をして、慌てて教室に向かう。
 走り教室に帰る姿はまだあどけない子供のまま、どんな大人に成るかなんて見当も付かない。

「二人共廊下を走っちゃダメでしょ」

 其れも直ぐに先生に見つかって、また叱られている。
 これから先も同じように誰かと向き合わなければいけないだろう。
 時に正しく、時に間違いを選択しながら。

 だからと言って反省ばかりしなくても良い、自分が正しいと思うなら。
 きっと間違ってはいない。
 そう信じている。

 それこそ子供の成長は早いから。
 さっきの駆け抜ける姿のまま、
 教える間も無く一日一日を走り抜けていく。

 俺が伝えたいと思った事を伝える間もなく実践する位に。
 本当は教えられる事なんて無いのかも知れない。

 こんな姿になっても教わる事ばかりで、互いに学び続けているのだから。
 皆より少し遅れて教室に戻った息子は、何だか照れくさそうに笑い席に座る。

 守る者の為に闘い。
 そして許した事なんて、まるで無かったかのように。

 心地好さそうな風がカーテンを揺らし。
 遮る物が何も無い青空からは、いつもと変わらない暖かい陽が差す。

 今日も一日一日と学ぶ、始業ベルのチャイム音が響く。

「教室と青空」1

「教室と青空」1

 もう伝えられないからかもしれないが、もっと真面目な話しをしておけばよかったと思う。
 自分が生きていた頃は親の言う事なんて聞かないと思っていたから、
 言わなければいけない事も口にはしなかった。

 自分が知っている限りでは子供は親とは違うように育つ傾向にあり。
 ずぼらな親だと子供は真面目で几帳面に成り。
 真面目で教育熱心な親だと子供は自由奔放に成りたがる。
 必ずしも当てはまる訳ではないとは思うが、やはり周りの人達を見ているとそう思う事が多い。

 だからこそ言わずに教えたい事を伝える方法を考える必要が有り、
 自分が考えたのはマンガやアニメの影響を利用する方法で。
 良い影響を与えそうな作品を見付けては買い集め見せたりしていた。

 とはいえ子供達にも好みが有るから映画のように長い作品はアニメでも見たがらないし、
 実写なら原作がアニメでも駄目だった。
 そんな感じだから間接的に影響を与えるのも簡単ではない。
 やはり本当に伝えたい事は直接言わなければいけないという事だろう。

 こんなに自分が早く死ぬと解っていたら息子にはお母さんと妹を守ってくれよと、
 娘には男を見る目を養えよ位は伝えたかった。

 もちろん君にも伝えたい事は沢山有るが恥ずかしくて言葉になんて出来なかったから仕方ないが、
 どうしても心残りにはなる。

 同じように伝えきれていない心配事は他にも有り、其の一つが息子の人見知りだった。

 相手が大人ならば挨拶位は其れなりに出来るが、歳が近くなると途端に緊張するらしく。
 密かに応援して見守っていたが、同級生に休み時間誘われても苦手な遊びになると行こうとはしない。

 そんな風に友達作りが苦手な息子の心配をしていたが、
 成長して友達が出来るようになり自分は安心し始めていた。

 遊び相手となる父親が居なくても子供は育つものだなと、ちょっとした事件が起こったのはそんな時だった。

 子供達に付き添い小学校に行き、そのまま娘の教室に入り授業を見守る。
 昼頃まで娘の教室で過ごして、次は息子の教室に移動して様子を見に行く。
 気分次第で見守る順番は入れ替わるが、この姿になってからの利点で日課だった。

 ただ少しいつもと違ったのは、もう授業は始まりかけているのに居るはずの教室に息子は居なく。
 すでに席に着いた他の生徒達は先生が表れるのを待ち兼ねている。

 一つだけ空席になっているのが息子の席なのは間違いようもなく、息子に何か有ったのは云うまでもなかった。
 直ぐに教室を出て息子を探し始めるが、見当もつかないのでそう簡単ではない。

 五階建ての学校自体も狭くはないし、入れ違いになればキリがないだろう。
 せめて学校内に居る事を祈るしかない。

 出来るだけ見落とさないように何度も振り返りながら階を降りていき、
 息子を見付けたのは一階の職員室前だった。

 どうやら先生に叱られていたようで、息子の隣には同級生らしき男の子が居る。

「ケンカ両成敗なの、だからきちんと謝りなさい」

 先生は言い聞かせようとするが、返事をしない息子は何故か聞き入れようとはしない。

 まだ理由は解らないが男の子だからボールの取り合いとか、些細な事でもケンカ位はするだろう。
 人見知りだった息子が自分の意志を貫こうとしたのは、むしろ褒めたい位だ。

 其れでも全く謝ろうとしないのは問題だ。
 せめてもの救いは相手が大怪我をしていなそうな所だが、もしも怪我していたら謝る位では済まないだろう。

 互い親が呼び出されては理由を問い詰められ、治療費どうのこうのと騒ぎになる。
 其れでも治療費で済むならまだマシな位で、
 一生残るような傷なら互いの将来に悪い影響を及ぼしてしまうだろう。

 実際に其処までする気はなくても人は簡単に壊れるし、傷付け合ってしまう。

 だが理解されないかもしれないが、多少気持ちが解らないでもない。
 自分が子供の頃にも同じような争いは沢山有ったし、壊れる程に傷付けたい相手も居た。
 其の頃から到底敵わないから出来なかったが、そんな風に自分が殴りたかった相手は兄貴だった。

 我が家が他所の家よりも多少貧乏な事や母子家庭になってから母親に構われない事を自分は諦めていたが、
 兄には必要だったのかもしれない。
 そう思える程に兄はグレていたし、そんな兄の暴走を止めれる者は家には居なかった。

 悪友の影響も強かったのだろうが、
 中学生になってからの兄は何か不満事が有る度にいつも誰かや何かのせいにしていて。
 そんな怒りの対象は家族にも向けられ、其の矛先が一番向けられていたのが母さんだった。

 何でこんな顔に生んだんや産み直せだとか、せめて服買うから金よこせだとか。

 およそ母さんには叶えられない文句を突き付けては口論となり、
 ビール瓶で叩きつけては蹴りあげるような暴力で八つ当たりする。

 当然母さんも抵抗はするが、育ち盛りで手のつけられない兄に敵う訳も無く。
 結果的には兄の気が済むまで一方的なだけの時間が続く。

 自分の時間なんて一切無い母さんが、
 自分達家族を守り育てる為に頑張っている事なんて解りきっているはずなのに。
 そんな行動が出来る兄の気持ちなんて、自分には全く理解出来なかった。

 その頃まだ小学生だった自分はそんな兄を止める事なんて出来ず、
 気をそらしたり宥めたりして母親を守ろうとして。
 ゲーム一緒にやろうだとか、TVに誰が出てるだとか。
 効果も無く話し掛けては怯え、ただ時間が過ぎ治まるのを待つ。

 今思い出しても腹が立つのは、何も出来なかった自分の弱さも在るのだろう。
 殴り飛ばしたい位に認める事は出来ないのに、立ち向かう勇気を持てない自分に。

 兄のような人間には成りたくないと思うと同時に、力が無ければ守りたい者を守ることも出来ない現実。
 そんな矛盾した気持ちを抱えながら、強さとは何かを考えさせられ続けていた。

 もしも母さんが居ない時期に兄も養護施設で育っていたら自分と同じように思えたのかもしれないが、
 兄と姉は其の間父親に引きとられ父親の再婚相手と暮らしていた。

「あんたは小さかったから覚えてないかも知れんけど、家にTVとか来て大変やったんやから。
 お兄はそういうのも知ってるからあんなんになるのも仕方ない」

 事情に詳しい姉の言い分が解らない訳ではないが、やはり納得は出来ないし。
 そう言って兄を擁護していた姉も兄には散々な目を遭わされていたまま、大人になっても心配事は尽きない。

 もう其の頃の事なんて兄からしたら時効みたいな事なのだろうが、今でも自分の心には残っている。
 たとえ何も無かったかのように笑い合っていても。
 それだけに人を受け入れ、許すというのは難しいという事なのだろう。

 そんな兄貴も自分が中学生になる頃には真面目に働いていて、地道に貯金をしていた。

 それこそ悪たれだった今日迄の日々を取り戻し、弁明するように。
 其れを嘲笑うような事件が起きたのは、自分の悪友である先輩を家に招いた翌日だった。
 

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