雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

「がむしゃら」1

「がむしゃら」1

  もしも自分に子供が出来たら付けたい名前は決まっていた。
 蹴人と書いてシュウト。

 がむしゃらにサッカーボールを追いかけ走り回る。
 そんな子供になってほしい願いを込めていた。

  この事からも解るように自分がサッカー好きなのは言うまでもなく。
 君が解らない外国選手の名前を連呼しては、其のプレーを詳しく熱弁したり。
 毎回ワールドカップの時期は観戦で睡眠不足が続き、君から呆れられたりしている。

 とはいえ子供の名前に関しては我ながら素晴らしいネーミングセンスだと思っていたが、
 君には良さが伝わらなかった。

「名前が理由で絶対いじめられる!」

 常識的な君の言い分は反論しづらく。

「大丈夫だろ、これくらい今どき普通だよ・・・」
 とささやかな抵抗をしてみたが、受け入れられる訳もなく。

 他に思い付いた名前も全て却下され、結局名付け親は君になってしまった。
 当時は少し不満に思ったりもしたが、今ではその方が良かったと思える。

 何故なら息子はスポーツがそんなに好きではなく。
 どちらかといえばテレビやゲームセンターが好きな、インドア派の人間だった。

 そうなってしまった理由という訳ではないが長男の初産は難産で、
 お腹の中でヘソの緒が絡まるという危険な状況だった。

 立ち会いした自分が分娩室でオロオロとしている中。
 場合によっては死産もしくは何らかの障害を持って産まれる可能性が有ると、
 医師から説明を受けた時はありとあらゆる事を考えた。

  とは言っても其の頃の自分には父親としての自覚なんて、まだ芽生えていなく。

 子供の心配よりも君への心配が優先で、
 もしも良い結果ではなかった時に君が自分を責めるんじゃないかとか。

 そうなった時に自分は父親として正しく受け入れられるのだろうかとか。
 今までと同じように笑いあう事が出来るのだろうかとか。

 最悪の場合、君は無事なんだろうかとか。
 其れでも君は産みたいと願うのだろうかとか。

 産み落とされる子供が巡り合わせなら何故自分達の所なのだろうかとか。
 答えの無い問いが延々と頭の中を駆け巡り、何も出来ないままただ立ち尽くす。

 だが現実の時間は数分しか経っておらず。
 分娩室での闘いは続いている。

「旦那さん声を掛けてあげてください」

 助産婦は呼び掛けるが、なんて声を掛けるんだ?。
 もう十分頑張っているのを解っているのに頑張れか?。
 何か違う気がする。

 この思いは恥ずかしいからしたくないという、自分の言い訳なのか?。
 違う気はするが、した方が何か少しでも力になるならするべきか。
 思考だけが先走り言葉が出ない。

「手を握ってあげてください」

 展開は矢継ぎ早に続いていく。
 今は邪魔じゃないのかという疑問を振り払い、祈るように君の手を握る。

 汗ばむ手を気にする余裕なんて無い。
 だが握ったのも束の間、状況は刻一刻と変わっていく。

「バーを握って息んでください」

 掴んだ手は放され呆然と立ち尽くす時間は、実際よりもとてつもなく長く感じる。
 産まれた息子の泣き声が分娩室に響いたのは其の時だった。

  ホッと一息吐く間もなく息子は鼻と口から羊水を吸い出され、
 慌ただしく新生児集中治療室に運び出されていく。

 抱き抱え初乳を飲ませるような時間は一切無く、そんな状況でもなかった。

  痛々しいチューブが小さな腕に刺され、
 酸素濃度が調整出来る特殊な装置に入れられた息子を無菌室で見たのは次の日だった。

 そんな状態でも力強く手足を動かし、呑気にアクビする息子の姿は心強く。
 ガラス越しの隣室ならモニターで見る事も出来るが、何時間見ていても飽きない位に可愛い。

 目元は自分に似ていて、口元は君に似ているとか。
 ただ二人で眺めるだけの時間は何か特別で、
 まるで時間が止まっているかのようにゆっくりと流れ全てに優しくなれる。

 まだ君は歩くのも辛そうな程の体調だったが、
 息子が無事に生まれたのが幸いしてか心配していた程に落ち込んではいなかった。

 きっと君も同じような気持ちだったのだろう。
 日が経つにつれて息子が飲む母乳の量が増やされていき、其れと同様に息子の体重も少しずつ増えていく。

 其れに伴い装置に表示されている酸素濃度も減らされていき、設置場所も入口に近づいていった。

 産まれた日が同じでも体重が増えず、場所がそのままの子供達も沢山居て。
 みんな頑張れって応援する気持ちと同時に、我が子に負けるなと比較してしまうのは親心として当然で。

 何でも良いから一番になってほしいと願う反面、
 この子が笑って暮らしていけるなら其れだけで充分とも思える。

 結局親心というのはワガママなもので、子供が成長すればするだけ違う何かを望みいつまでも際限が無い。

 この頃は小さく産んで大きく育てるのが目標だったので、
 自分でも食べた事のない食べ物を買って帰っては君に勧めてみたり。

 椎茸が背を伸ばすのに良いと聞くと、必要以上食事に椎茸を取り入れたり。
 どれが正解だったのか解らない位に色々試した。

 結果もう小学校では後ろから数える方が早い位なので、とりあえず其れは成功したと言えるだろう。

 だがスポーツに関しては同じように上手くはいかなかった。

 まだ小さな頃にサッカーボールを買い与え、ボウリング形式で遊んでみたり。
 勝負形式にしてみたりと色々画策したが、思うように出来ないのが不満なのか。

 息子はむしろ球技全般嫌いになり。
 今では誘っても中々ボールには触ろうとしない。

  とはいえ望んでいるような運動能力は親の勝手な希望で、そんな力が無くても子供は健やかに育っている。
 やはり親というのはワガママなのだろう。

 だが生きていくうえで必要になる能力も有る。
 息子の場合は自転車だった。

 地域的な問題も有るだろうが、歩いて行ける距離に同世代の子供は住んでおらず。
 親が送り迎え出来ない時でも友達を作り仲良くなっていくには、
 やはり練習して乗れるようになるしかなかった。

 少し前から練習はしていたのでチョットずつ乗れるようにはなってきたが、まだまだ完璧ではなく。
 息子は二年生になったが本人も自信が無いのか、自ら自転車に乗って出掛けて行こうとはしない。

 まだ二年生なら普通じゃないのかと俺は思っていたが、其の事を一番心配していたのは君だった。

「今日は自転車の練習しよう」

「え~?したくない!」

 子供は露骨に嫌がるが練習さしたい君は「帰りにアイス買ってあげるから」となだめて誘い出す。

 移動した先は公民館の広いガレージ。
 休日だがイベントの無い今日は車の出入りも少なく、格好な練習場所だった。

 君は車から自転車を二台降ろし「さあ練習しましょう」と笑顔で子供達に勧めるが、
 嫌々なせいか息子は自転車に乗ろうとはせず。

 補助輪付きの自転車に乗る娘だけが悠々と風を切り、ガレージを走り回っている。

 

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