雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

〈何者?〉2

 〈何者?〉2


 「別に何も見えないよ~」

 怪訝そうに空席を見つめ君は笑って答えるが、もうテレビに集中している息子は聞いてもいない。

 確かに子供からの不自然な視線を感じた事は有るが、気のせいだと思っていた。
 どんな風に見えているのかは解らないが、どうやら子供には俺が見えているらしい。

 きっと見える年齢も限られているのだろう。
 何故なら夜出歩いている時間帯にすれ違う子供の視線で、違和感を感じた事は無いからだ。

 とはいえ悪霊扱いというのも困ったものだ。
 せっかく我が子が自分の存在を感じ取る事が出来ても、父親だと気付かれないのだから。

 思えば自分だと認識されるような行動や特徴なんて特に無い。
 もっとふざけて接していれば違ったのかもしれないが、やはり子供の前では父親として接してしまう。

 せめて自分が死んだ事を知っていれば少しは勘づく可能性も有るが、今の状況で其れは期待出来ない。
 其れでも嬉しく思ってしまうのは、どんな形でも関わりたいという親心なのだろう。

 だからといって父親としての影響力は無いままだし、君の役にたつ訳ではない。
 現に何を言っても宿題をしない息子に、君はやきもきし始めている。

 「アイス食べる?」

 君に誘導されテーブルに着いた息子が何とか宿題を終わらせたのが夜八時、まだ風呂にも入っていなかった。

  弁当を作っている君の朝は早く、其れに伴い寝るのも早い。

 だが親の都合なんて子供は考えないから、急かしても言うことは聞かない。
 時間の余裕が無くなるに連れて君の余裕も無くなり、どうしても刺々しくなってしまう。

 「さあ、お風呂入ろう」

 其れでも君は優しく諭し子供達を誘う。

 子供達が風呂場に向かっても忙しさは変わらず、慌ただしく食べ終えた夕食の洗い物を始める。
 子供達が自分達だけで風呂に入るようになったのも最近で、そうなる迄はずっと君が一緒に入っていた。

 何か手助けをしたいという今の気持ちとは裏腹に、生きていた頃の俺は決して家庭的ではなかった。
 言い訳になるが通常残業で仕事の拘束時間も長く、交代勤務なので家に帰れない日も多い。

 帰って来ても子供の遊び相手になる位が時間の限界で、育児という程の何かもしていなく。
 とてもじゃないが良い父親ではなかった。

 同じ世代の職場仲間は離婚率が高く相談に乗った事も有るが、
 何れも似たような内容で俺も他人事ではないと思っていた。

 だが今思えば其れは互いが選んだ事で。
 其れでも互いに生きているだけ、我が家よりは幸せなのかも知れない。

 そんな鬱々とした思いを笑い飛ばすように、風呂場から子供達のじゃれあう声が響く。

 「そろそろ出てよ~」

 君の呼び掛けでやっと風呂から出た子供達は、身体を拭くのもそこそこに裸のまま騒いでいる。
 毎日がこんな調子だから君は落ち込む暇も無い。

 其れでも日々成長していく子供達の時間は早く。
 服を着るのも歯を磨くのも、いつの間にか一人で出来るようになっていた。

 少しずつ手が掛からなくなっていく事は、親としての喜びでも有り同時に寂しさでも有る。
 とはいえ教えたい事はまだまだ沢山有った。
 それこそ数えきれない位に。

 寝室に入ってからも子供達の盛り上がりは変わらず、一向に寝つこうとはしない。
 そんな騒がしさの中やっと自分の時間が出来た君は、食い入るようにテレビのニュースを見つめている。

 其の偶然見ていたニュースではひき逃げ犯人が親子を轢いた後、
 倒れた親子に襲い掛かったという異常な内容だった。

 事件が発生した地域は我が家から近く、逃亡した犯人はまだ捕まっていなかった。
 あまりにも真剣な表情の君に気付いてか、一緒に眺める子供達も静まり返っている。

「怖いね~」

 テレビの電源を切り思わず呟く君の一言に、子供達も頷き返す。

「さぁ寝ましょう」

 そう言って子供達を寝かしつけようとした君が、電灯を消そうとした時だった。

「クモがいる~!!」

 大声と同時に娘が指差す壁先には大きめの蜘蛛が居て、声に反応してか素早く隠れ去って行く。

「どっか行ったから大丈夫、さぁ寝ましょう」

 無駄な殺生をしたくないのだろう。
 君は何事も無かったかのように再び寝かしつけようとするが。

「え~!まだ生きてるし、こっちやと寝られない!」

 布団に入ろうともしない息子は、不満そうに君を睨む。

 我が家の寝床は並べたスノコの上に布団を敷く簡易のベッドで、
 息子の寝場所は蜘蛛を見つけた場所の近くだった。

 息子は妹と寝場所を代えろと騒ぎ立てるが了承する訳もなく、互いに言い争いを始めている。

「蜘蛛は刺さないし、何処か行ったから大丈夫」

 出来るだけ穏便に済ませようと君は話し掛けるが、息子は頑なに聞き入れようとはしない。

 説得の時間は長く続き、君は絵本を読んで聞かせたり。
 なぞなぞを問い掛けたりして布団に入るように誘い込むが、交渉は難航を極めている。

 結局出来るだけ蜘蛛の発見場所から離れ、
 寄り集まるようにして眠る妥協案で子供達が眠ったのは夜の十一時過ぎ。

 いつもより二時間以上遅く君も疲れはてたのだろう、
 寝室以外の電灯も着けたまま鍵も閉め忘れ眠ってしまっていた。

 まだ捕まっていない凶悪犯が近くに潜んでいるかもしれないのに、そう思うと気が気では無かった。

 よぎる不安が実際に起きる確率なんて万に一つかも知れない、そんな事は解っている。
 其れでもせめて自分が居ればと思うのは当たり前で。

 出来ることなら気付かれないように布団を掛け直し、起こさないように電灯を消して玄関の鍵を閉める。
 それくらいの事ですら自分には無理だと解っていても、してあげたい事は日々増えていく。

 もう見守る事しか出来ないなら、せめて願うしかない。

 それこそ突然現れた悪人が、偶然鍵をし忘れた我が家に入り。
 襲い掛かる悪人から君は子供を守ろうとしていて。

 ヒーローさながら絶体絶命のタイミングで現れた俺が何とか家族を守り、最後に姿を現し別れのキスをする。
 そんな映画のような感動や奇跡は求めていなく。

 ヒーローになりたいなんて思えない。
 例え子供達がそんな願望をいだいていても。
 君がヒロインを望んだとしても。

 ドラマチックな展開なんて何一つ起きなくていい。
 不思議なものだが現実に不安が迫ると実際に願うのは何処にでも有る家族で、何処にでも有る日常。

 其れを願う事だけが今の自分に出来ることなのだから、今以上の悲劇なんて必要無いだろう。
 そんな自分の思いとは裏腹に明日も明後日も気味悪がられ続け、
 このままずっと父親だと気付かれないかも知れない。

 もうヒーローでもなければ遊び相手の悪役でもない、何者でもない自分。

 そんな疎まれるような状態でも自分は父親なんだと、見守り続ける我が家の暗闇はゆっくりと静かに時を刻み。
 変わり続ける明日を約束するように時計の針は回り続ける。

 微かに聞こえる家族の寝息が、願うように無事生きている証だと安心させてくれる。

 贅沢は言わない。
 もう何者でも構わない。
 ただ傍に居れるのなら。

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