雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

「何者?」1

 「何者?」1

 生きていた頃は戯れる子供達を抱え上げると、
 力持ちなヒーローに例えられたりして気恥ずかしく思っていた。

 子供からしたら父親に対しての願望なのかもしれないし、最高の誉め言葉なのだろうが。
 自分が子供の頃はヒーロー物なんて興味無かったし。
 大人なら誰もが当然位の力だ。

 其れでも子供達が望むならヒーローにでも、例え悪役にだってなれる。
 君も相手役のヒロインに例えられたりして笑って聞き流していたが、きっと同じような気持ちだっただろう。

 其れが今では抱き上げるどころか、触れる事すら出来ない。
 悪い夢なら覚めてくれ、そう願っても此れは現実で。
 もう眠る必要すらない自分。

  だからといって落ち込んでばかりはいられない。
 身体が無くなり数日が経ち、この状態になった事で解った事も幾つか有る。

 先ず幽霊というのは夜しか出ないと思っていたが其れは誤解だ。
 何故なら自分が昼間も存在しているから間違いない。

 そして霊体だか何だかは知らないが、今の自分が見える生き物がいるという事だ。
 其の事に気付いたのはつい先日の夜で、庭先に居た野良猫と視線が合ったからだ。

  ただ視線が合っただけでは俺も偶然としか思わないが、其の時間はあまりにも長く不自然だった。

 何度か振り返り室内に居る君の居場所を確認したが、野良猫から見える位置に君は居ない。
 こうなると確かめてみたくなるのは当然で。
 視線の合った状態のまま試しに突然両手を上げてみた。

 野良猫の反応は予想以上で、明らかに驚いている。
 多少のイタズラ心は認めるが、勿論ふざけている訳ではない。
 今の自分にとって其れは重要で、尚且つ大きな収穫だった。

  もちろん若い頃に観た映画のように、迫る悪人から守る為伝えなければなんてドラマもなければ。
 最後に愛してると伝えるような人柄でも無いが、其れは日本人の男なら誰もが似たような者だろうし。
 そんな奇跡どうせ願ったって起きやしないだろう。

 とはいえ確かに存在しているのに関わらず、誰にも気付かれないのは寂しすぎる。
 やはり人は一人では生きていけないのだ。

 まあ正しくは生きていないが、ささやかな希望というものだ。
 そうなると次に試したくなる事が増えてくる。

 時間なら幾らでも余っていた。
 それこそ先が見えない位に。

 なので家族が家に居ない時間と寝ている時間は出歩いた。
 そして其れが可能だという事は俺は地縛霊ではないらしい。

  先ずは猫を相手に昨晩と同じように驚かしたが、何匹に試しても昼間は無反応。
 どうやら昼間は全く見えないらしい。

 いい大人が猫を驚かす姿は間抜けで恥ずかしいが、そうも言ってられないし。
 どうせ誰にも見えてないだろう。

 犬も同じように試してみたが、夜でも犬の反応は思っていた程ではなかった。
 理由は解らないが猫とは何か違うのだろう。

  他には虫なんて確かめたいとは思わないし、其れ以外の生物とは視線すら合わない。
 他に解った事といえば乗り物に乗る事が出来るという事だ。

 意識していないとすり抜けてしまうので最初は動揺したが、コツを掴めばなんてことはない。
 この状態も意外に便利なものだ。

  そういえば自分以外の幽霊とは会った事は無い。
 自分が存在するのだから居るはずだが、正直怖いので会いたいとは思わない。

 もしも普通に話せるなら少しは気も楽になるかもしれないが、其れでは成仏する必要も無くなるし。
 きっと互いに見えないだけなんだろう。

 あとは呪術師や霊感の強い人間には出会いようがないし、解らないから確かめようもない。
 現実は結局こんなもんかと思い
 うなだれていたが、やはり神様は居るのかも知れない。

 そう思ってしまうのも、ささやかな希望を繋いでくれたのが意外な相手だったからだ。

  其の日も、いつもどうりの1日だった。

 帰ってきた子供がテレビを観ている間に君は夕飯を作り、
 何もする事が出来ない俺は生きていた頃と同じ椅子に座る。

 まだ子供達は父親が帰ってこない事を疑問には思っていなさそうだし。
 君も伝えようとはしていない。
 そんな何も変わらない日常。

「ご飯出来たよ~」

 子供達を食卓に着かせようと君は呼ぶが「え~?コレ見たかったのに~」と息子は不満を洩らす。

「こっちに座って観たら?」

 我が家では食事中だからといってテレビを消すルールは無い。

 君が勧めた座席は俺が今座っている席だが、其れが見えない家族にとっては空席だし。
 もちろん普通に座る事は出来る。

 にも関わらず息子の返事は「イヤだ!」の一点張りで、君は不思議そうに尋ねる。

「どうして?こっちだったら観れるよ」

「何か見えるからイヤ!」

 そう言って息子は自分の席に座り、窮屈そうに振り返りテレビを眺める。

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