雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

「オバケの代償」1

「オバケの代償」1

 

 人は新しい何かを得ると同時に何かを失うと言う。
 其れを代償というのなら、最初から無いものを失ったとは思わない。

 本来其所に有るはずのものを無くしたから失ったと思うのだろう。
 其れが物でも人でも同じように。

 ならば身体を失った自分が得た何かを考えると、其れは価値観になるのかもしれない。
 時は金なりという言葉なら誰でも知っているだろう。
 自分も生きていた頃は理解していたつもりだった。

 だが実際に死んで身体を無くすと、この言葉の重みはまるで違い。
 部屋中の何処にでも其の無くした断片を見付ける事が出来る。

 使わないので自分が片付けるはずだった棚の重い荷物や。
 子供を連れていくつもりだったのに、期限が切れてしまったイベントの割引チケット。

 子供に教えるつもりで買ったのに一度も乗っていないスケボー。
 君に渡すつもりで買ったのに紙袋に入ったままのハンドクリーム。

 其の何れもが要件を済まされないまま、自分が生きていた頃と同じ場所で待ち続けている。

 時間の大切さなんて誰もが知っているような単純な事も失ってやっと理解する事で、
 本当の意味を知る事なんて誰にも出来はしないだろう。

 其れと同時に感じるのは思い出の大切さだった。
 もう一緒の時間を共有する事は無いのだから、当然と言えば当然なのだが。

 これから先ずっと家族には自分との思い出が増える事は無いのだ、こんなに近くに居るにも関わらず。
 子供達は覚えているだろうか。

 初めて行った遊園地のシューティングアトラクションで、撃ち倒すはずの化け物を恐がり泣いた事。
 自宅前の道路で花火を一緒に見ていた時に、野良猫も花火を見ていて笑った事。

 母の日に君に渡す花を選ぶのに一緒に悩んだ事。
 君の帰りが遅くなった日、どれだけ本を読んであげても淋しがって眠らなかった事。

 何れにしても共に歩む事はもう出来ないのだから、少しばかりの希望で簡単に毎日が楽しくなる訳はなく。
 繰り返すように自分を責めてしまう。

 自分の事を忘れてしまえば家族も少しは楽になるのかも知れないが、其れでも覚えていてほしいと思ってしまう。
 例え其れが自分のワガママであっても。

 まだ小さい今なら覚えているかもしれないが、いつか忘れてしまうのだろうか。
 自分にとって実の父親のように。

 自分には少し歳の離れた兄と姉が居るが、兄弟の中で父親の記憶が無いのは自分だけだった。
 それなりに成長するにつれて、どんな父親だったのか多少は聞いたりもした。
 自分が望んだ訳でもなく噂話のように。

 幼少期の自分は異常に父親を嫌っていたとか、反抗して釜のご飯を一人で食べきっただとか。
 そんな話しを聞いたところで特に何が変わる訳でもなく。

 記憶が無いせいか父親に対する思い入れは全く無いまま、恨みも淋しさも何も感じない。
 さすがに生んでくれた感謝位は有っても、結局自分にとっての父親は育ての親だけで。
 他人と何ら変わらない、実の父親はそんな存在だった。

 だからと言って会った事が無い訳ではない。
 もちろん記憶が無い位の幼少期ではなく、其れは自分が17歳位の時だった。

 この頃の自分は家に住んでいなかったので、家族と顔を合わせるような生活ではなく。
 たまに連絡をくれる姉だけが唯一家族との接点で、そんな姉からの珍しい連絡に休日会う事となる。

 お出かけ気分の自分が待ち合わせ場所になった駅前のベンチに腰掛け考えていた事といえば、
 姉貴も暇なのかなとか。

 友達の女性を紹介でもする気なのかなとか、お気楽な事ばかりで。
 真剣に悩んだ末に自分と会って話す事を決めた姉とは大違いだった。

「スマンスマン待たせたな」

 予想とは違い一人で現れた姉は、いつもと変わらない様子で隣に座るが何故か話しを切り出さない。
 悪い方の予想もしていなかった訳ではないので、何かと問題の多い兄貴の事が頭をよぎる。

「どうしたん何か有った?」

「実は今日会って話そうと思ったんは父親の事なんやけど・・、
 あんたも大きくなったし知る権利が有るかなと思って」

「どっちのオトン?」

「生みの親の方」

 一応頷き返しはしたが、あまり良い内容ではないのは直ぐに解った。
 父親に関しては別に探す気など無かったし、気にもしていなかったが何かしら理由が有るのだろう。

「居場所が解ったから今日会いに行こうかなと思ってんけど、
 あんたも死ぬ迄に一度位は会ってみたいかなと思って」

 正直どっちでもいいかなと思った。
 よくTVで見掛けるような感動の再会になんてならないだろうし。

 其れでも生んでくれた感謝位は有るから、自分の父親に対する多少の興味は有る。
 少し答えに迷っていると、姉の話しはそれだけで終わらなかった。

「ただ、もしも会うつもりなら会う前に伝えとかなアカン事があってな、
 後で聞きたくなかったと思うかも知れんけど其れでも聞く?」

 ただ母子家庭なだけではなかった。
 産まれた世界を呪わないのが不思議なくらい、もう不幸なら人並み以上に経験したつもりでいた。

 其れでもそれなりに人としての道を踏み外さなかったのは、出会う人に恵まれたからだと思っている。

 そして其れは生まれも同じな姉も一緒なのだから、
 そんなに心配する程の内容なんて有るものなのか疑問ではあった。

 だが直ぐに理解は出来た、其の姉が言う位なのだから間違いないだろうと。
 姉は気持ちを落ち着かせようとするようにタバコの火を着け、ゆっくりと言葉を選ぶように話しを続ける。

「あんたも知ってのとおり私らが小さい時にオカンとオトンは離婚するんやけど、
 其の後オトンは子持ちの相手と再婚するんな。
 ……オトンにも幸せになってほしいし別に再婚するんはオトンの自由やから其れは良いんやけど、
 問題は其の再婚先でオトンがしてた事なんやわ……」

 時おり姉は確認するように視線を合わせる。
 頭に過る最悪のケースは金の話しだが元より無い袖は振れないし、其れらしい言葉も出て来ない。

 ここまで話しを聞いても姉が伝えたい事は解らないが、一息入れるようにタバコの煙りを燻らす。
 其の何とも言えない姉の姿が、再び話し始める内容が核心だと物語っていた。

「私も聞いた話しで全部知っている訳じゃないんやけど、
 簡単に言うと要は其の連れ子の娘に手を出してたんな・・・」
 

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