雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

14〈新しい1日〉

14〈新しい1日〉

「秋人もっと早く起きないと遅刻するじゃない!」

朝から急かしたてる秋人の母親は小言を言える喜びを噛みしめているようだが、再び高校に行く準備を始める秋人の表情は浮かない。

入院していた頃は虎太郎の存在が悪友達を遠ざけていたが、学校に虎太郎が居る訳も無く。

見るからに重い足取りでの通学は、今までの学園生活を物語っているようだった。

教室に入るとクラスメイトの中でも目立つ悪友達三人は、秋人が入院する前と同じ席で騒がしくふざけ合っていた。

「おはよ~、やっと退院出来たよ~」

精一杯の造り笑顔で近寄る秋人を一瞥すると、顔を見合せる三人は返事も反さずヒソヒソと相談を始める。

そんな事を気にしていられないのか、秋人は近づいて行き三人が座る隣りに立ち返事を待つが誰も喋らない。

「もう俺達には近づくな・・・」

其の状態で数分が過ぎると、一人が困った様子で呟く。

「えっ?・・・」

どうしたら良いのか解らず立ち止まったままの秋人に、三人は話し掛けようともしない。

三人が秋人を避けるのは虎太郎を恐れてなのは言うまでもないが、内容を知らない秋人に解るはずが無かった。

 今までなら悪ふざけでこんな扱いをされた事は有っても数分で誰かが笑い始めていたが、今日は誰も笑おうとはしない。

「ええから、どっか行け・・・」

聞き慣れた罵詈雑言と笑い声も無く、言葉を選んでいる様子の三人に驚きながらも秋人は静かに頷く。

ただ異常に傷だらけな三人は、見るからに何か有った事を察知するには充分だった。

「じゃあ・・・、向こう行くよ・・・」

そう言って自分の席に戻った秋人は、落ち着かない気持ちを誤魔化すようにノートを開いた。

 それから一度も三人に話し掛けられる事は無く、一人の休み時間と一人の昼食を過ごし放課後を迎える。

ややこしい三人と関わりの有る秋人とは他のクラスメイト達も関わりたがらず、秋人は常に一人で行動するようになったが秋人に悲壮感は無かった。

 高校に入り三人と知り合ってからは常に付きまとわれていた秋人は、一人になれる時間なんて今まで無かった。

 学園生活で秋人が初めて手に入れた自由は、誰に話し掛けても良いし誰に話し掛けなくても良い。

何か始めても良いし何もしなくても良い、今日からの選択全てが自分次第で自分に反ってくる。

「今日はカラオケ行こうや~」

慌ただしく帰宅や部活の準備を始め声を掛け合うクラスメイト達を尻目に、秋人は自分の意思で屋上に向かう階段を駆け上がる。

息切らし駆けながらも、込み上がる気持ちを抑えきれない衝動で今にも叫びだしそうだった。

 屋上に着くと幾人かくつろぐ生徒達に紛れ、秋人はグラウンドを覗き込む。

呼び止められる事も無く、誰にも邪魔される事の無い時間。

グラウンドではいつものように白球を追う球児、笑い合い帰り道を歩く生徒達、ブラスバンド部の鳴らす音が響く。

他の生徒達には何一つ変わらない日常の同じ風景だが、秋人には例えようの無い程新しい1日だった。

 

 虎太郎のバイトが終わると日課のように続けていた二人のギター練習は、秋人が退院した日から公園に場所を代えていた。

「あかんな・・・、全然集中出来ん」

初めて千夏と手を繋いだ日に受け取った歌詞のノートを、虎太郎はさっきからずっと開けたり閉じたりを繰り返している。

「オウそうや、退院おめでとう」

如何にも気持ちが入っていなさそうな虎太郎の言葉だが、それでも予想外だったのか「あっ・ありがとう」と秋人は大げさに返事に詰まる。

「学校久しぶりだったから緊張したよ~」

「アイツ誰やってなったんちゃうか?」

悪戯な笑顔を見せる虎太郎に返事する秋人は「そんな事無いよ~、・・・って無い事もないけど・・・」と三人との出来事を思いだしたのか、何か言いたそうに歯切れが悪い。

「どっちやソレ!」

そんな事など知りもしない虎太郎は、冗談だと思ってか笑い返す。

「でも何か楽しかったよ、・・・ありがとうね」

秋人の為かは解らなくても、まだ顔を腫らしている虎太郎と傷だらけだった三人の状況を推測すれば感謝を伝える理由は明白だった。

「何で俺にお礼言うんや、気持ち悪いシバクぞ」

もちろん思い当たる事は有ったが虎太郎は敢えて言おうとはしない。

「言いたかったから良いんだよ~」

笑って誤魔化す秋人と同じように虎太郎も何だか照れくさいのか「そんな事よりもコレや!全然集中出来んのや」とさっきから開けたり閉じたりを繰り返していたノートを手渡し、話しを逸らす。

少年ギャング?お~!歌詞完成したんだ」

まじまじと真剣に読み進める秋人を気にせず「こないだ逢った時に貰ったんや」と虎太郎は話しを続ける。

「えっ?会えたんだ?元気そうだった?」

思わず手を止める秋人。

「まぁ逢った言うても顔は見れてないけどな・・・」

心配からか落ち込む虎太郎とは対照的に「それで集中出来ないんだ~」とにやつく秋人は即座に殴られている。

「ほんまは其の日に告白するつもりやったからな」

そう言って虎太郎は残念そうに、渡すはずだった指輪をポケットから取りだす。

「おぉ~!!」

ドラマでしか見た事の無い高級なケースを見つめる秋人は思わず喚声を挙げる。

「電話では毎日話してるけど会いたがらんからな・・・」

虎太郎は心底困り果てた様子だが秋人は「おぉ~!!」と毎日電話している事に驚きの声を返す。

「そういう事や・・・」

ポケットに指輪を終うと、考えるのを諦めたように虎太郎はタバコに火を着ける。

「う~ん・・・」

まだ秋人は真剣に考えているようだが恋愛経験の少ない秋人に答えが出せる訳も無く、返答代わりの沈黙が続く。

「そろそろライブもやらなあかんしな・・・」

思いだしたように呟く虎太郎はタバコを吸おうとしていた手を止め「ソレや!!」と突然大声で叫び秋人を驚かす。

「もう~、びっくりするよ~」

如何にも心臓が止まるとでも言いたげに、秋人は胸に手を当てるが「ライブに呼んで告白したらええんや!」と話しを続ける虎太郎はもちろん気にしていない。

「ええ~!?会ってもくれないのに来てくれないと思うよ~!」

大げさに両手を上げ驚く秋人の心配を他所に「俺がやるんやから大丈夫や」と早速携帯でライブ会場を調べ始める虎太郎は、妙な自信に満ちていた。

 

 数日後の夕方。

会場の予約も済ましライブの準備に追われていた虎太郎は、秋人と駅前でビラを配り少しでもチケットを売ろうと足掻いていた。

「ライブどうすか?」

通行人を見つける度に大きな声で呼び掛ける虎太郎とは対照的に、秋人は小声で恥ずかしそうに「どうぞ」とビラを手渡していく。

人通りが少なくなっても続け三時間は過ぎようとしていたが、それでも売れたチケットは片手で数えきれる位だった。

ライブ会場から販売用に配られたチケットは一人二十枚、其のチケットは買い取りになるので売れ残れば自腹。

友達に売った分を足してもまだ半分以上余っていた二人が、世の中甘くないと悟る迄そう時間は掛からなかった。

「売れやんもんやな~、やっと三枚か・・・」

「やっぱり歌わないと駄目なんだよ~」

「ライブ前に喉壊したらアホやろ、シバクぞ」

もっともな虎太郎の言い分に口をつぐむ秋人は、誤魔化すように再びビラを配り始める。

「そういえば千夏ちゃんにもう渡した?」

「まだやサプライズやからな」

「駄目だよ~!向こうにも準備が有るはずだよ~!」

「どんな準備や?」

「心の準備とか・・・、出掛ける準備とか・・・、とにかく早めに連絡したほうが良いよ!」

珍しく本気で否定してくる秋人に気圧されたのか「明日連絡するつもりやったわ」と虎太郎は思ってもいなかったであろう嘘で返す。

とても順風満帆ではなかった。

足りない時間を埋めるようにあらゆる準備が同時進行されていく。

それでも笑顔で話す二人の表情に悲壮感は無く、むしろ希望に満ちているのは少しでも目指す所に近づいている実感が有るからだった。

 

 翌日千夏の家では朝食を作り終えた母親が「貴方からも何か言ってあげて、あの子売店にも行こうとしないし・・・」とご飯を食べようともせず旦那に話し掛けるが、旦那は特に何も応えられないまま仕事に向かい。

一人残された母親はため息をつき、困り果てた様子で病院に向かう準備を始める。

夫婦間では解決策の無いこんなやり取りが数日続いていたせいか、母親の病院への足取りは重く変わっていた。

 病院に着くと病室の前で立ち止まる母親は深く深呼吸して、気持ちを入れ直し明るく努めようとしている。

其れは一番楽しかった頃、千夏と一緒に出掛け仲良く買い物をしていた頃を思い出すように。

母親のそんな気苦労も知らず、病室から千夏の笑い声が聞こえてきたのは其の時だった。

思わず母親が室内を覗き込むと「うん、じゃあね」と千夏は調度電話を切り。

楽しそうに電話する姿を見て安心した母親は「何か良いこと有った?」と笑顔で近寄って行く。

「友達がライブするんだって」

自分の事のように喜び話す千夏に「凄いわね~、この前来てた坊主の子?」と母親も嬉しそうに笑顔を返し、千夏は小さく頷く。

「お母さん買い物連れて行ってくれる?」

ずっと母親が待っていた一言だった。

会うまでは予想もしていなかったであろう千夏の問いかけに「今日は奮発しちゃおうかな」と母親は悪戯に笑い返す。

照れくさそうに頬を赤らめる千夏の表情を見れば、千夏にとって虎太郎がどんな存在なのかは一目瞭然だった。

「母さんは応援するからね」

そう言って笑う母親は、千夏が日射しを避け閉じていた窓際のカーテンを開け放つ。

射し込む光は新しい1日を告げるように、置かれ続けていた帽子に降り注いでいた。

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