8〈仮タイトル〉
8〈仮タイトル〉
「千夏、コレ届いてたよ」
ベットの上で振り返る千夏は、母親の言葉を待ち構えていたかのように笑顔を返す。
待ちに待った手紙だった。
慌ただしく封を開く千夏を「そんなに急いでも中身は変わらないわよ」と母親は微笑み見つめるが、返事する余裕も無く千夏は手紙の中身を見つめている。
「どうだった?」
優しい口調で尋ねる母親に「駄目だった‥‥」千夏は一言呟き、ため息混じりに天井を見上げた。
皮肉にも窓の外は雲一つ無い青空。
差し込む朝日に照らされた手紙の中身は、千夏が送った詩の賞その結果だった。
努力が必ず実る訳じゃない、そんな聞き覚えの有る言葉が胸に刺さるような朝だった。
其の頃秋人の病室では「やっぱり難しいな~!なんか小っ恥ずかしいしな!」と虎太郎は慣れない作詞に頭を抱え、照れ臭そうに笑い飛ばす。
「でもスゴイよ~!自分で作詞なんて~!」
秋人が大袈裟な手振りで褒めると、虎太郎はまんざらでもなさそうに作詞を続ける。
悩み頭を掻いては書いて掻いては書いてを繰り返し、苦戦は数時間続く。
「これどうや?」
やっと出来た一作を見せようと虎太郎はノートを手渡すが、待ちくたびれ二度寝した秋人はまだ寝ぼけている。
「どうや?」
余程感想が気になるのか、虎太郎は渡して数十秒で聞く。
「そんなに早く読めないよ~」
焦る秋人は慌てて目配りするが「曲名が読めないよ~」と不満そうに漢字の読み方を思い浮かべている。
「シバくぞ!曲名は怒羅嵌や!ドラゴン!」
「駄目だよそんなの~!コレじゃ暴走族のチーム名だよ~」
曲名には自信が有ったのか、虎太郎は驚いた表情を返すが「う~ん‥‥、歌詞は良いけど、やっぱり曲名が‥‥」と秋人は答えづらそうに口ごもる。
慣れない否定に虎太郎は今にも飛び掛かりそうな殺気を放つが「歌詞は良いんやな?」と褒められた事に気付いてか、何とか留まる。
「良いと思うよ~!どんなメロディーにするかも重要だけど」
「メロディーか‥‥、じゃあ屋上行くぞ」
秋人のギターを取り上げ、虎太郎は直ぐさま立ち上がる。
屋上に着いた二人は早速作曲に取り掛かり「こうでもないシバくぞ、ああでもないシバくぞ」と口うるさく注文する虎太郎の鼻唄に合わせ「コレはどう‥‥?コレは‥‥?もっと軽い感じって解らないよ~」と顔色をうかがう秋人が、怯えながらコードを当て嵌めていく。
そんな作業が数十分続き、次第に曲は完成していった。
「出来た!正に名曲や!」
コードを書き足したノートを持ち上げ、虎太郎は感慨深そうに眺めているが「まだ人に聴いて貰わないと解らないよ~」と秋人は自信無さ気な言葉で、虎太郎に睨まれている。
「一回ホンマに歌ってみるから聴いとけ」
場所を気にするでも無く歌い始めた虎太郎の声に、秋人の表情は一変していく。
「‥‥どうや?」
歌い終えた虎太郎はいつになく真剣な様子で聞くが、其の事に気付いてもいない。
「虎君歌上手いんだね~、予想以上だよ~」
からかうでもなく秋人は手を叩くが「シバくぞ、俺は曲の感想を聞いてるんや」と虎太郎は照れ臭そうに睨みを効かす。
「とりあえず曲名変えた方が良いよ~!」
「とりあえずって何や?それよりここのコードこれの方が良くないか?」
「それならコレも良いと思うよ~」
こんなやり取りが更に数十分続くが、結局この日二人が納得出来る曲にはならなかった。
「どうや!電話掛かってきたか?」
「えっ‥‥?何の電話?」
翌朝病室に駆け込んで来た虎太郎は意気揚々と秋人に尋ねるが、質問の意味を理解出来ない秋人はキョトンとしている。
「俺達の電話番号書いて張り紙したんや、こないだのライブハウス!」
「もしかしてメンバー募集?」
寝転びゲームをしていた秋人は、思わず上体を起こすと「そうや、今度は俺が審査してメンバーを選ぶ!」と虎太郎は遠慮するでも無くベットに座る。
「審査って大袈裟過ぎるよ~!」
冗談だと思っているのか秋人は笑い飛ばすが「アホか!プロなる気の無い奴は要らんのや」と大口叩く虎太郎の表情は、真剣そのものだ。
「まだ曲も無いのに?」
それでも冗談づく秋人に「もうすぐ一曲完成するやろ、シバくぞ」と虎太郎の決め台詞と一睨みで、秋人は慌てて口をつぐむ。
虎太郎の電話が鳴ったのはその時だった。
「電源切らないと駄目だよ~、病院だから‥‥」
さっき睨まれたばかりだからか秋人は小声で忠告するが、すかさず電話に出る虎太郎は返事も反さい。
「はい、バンドマン募集中~!」
軽いノリで応対する虎太郎に秋人は「もっと、ちゃんと説明しないと疑われるよ~」と小声で不安がるが、虎太郎は全く気にする様子も無く会話を続けている。
その後も短い会話のやり取りを数回して電話を切った虎太郎は「ヨシ!審査しに行くぞ」と詳しい説明もせずに立ち上がる。
「今日は検査する日だから無理だよ~」
秋人は引き止めようとするが「大丈夫や!ええから来い」と虎太郎は強引に病室から連れ出す。
移動した場所は病院2階の食堂。
どっしりと椅子に座りくつろぐ虎太郎を横目に、座ろうか座るまいか悩む様子の秋人は落ち着き無く椅子を触ったりしている。
「ここが審査会場や!」
すでに審査委員長気分なのか偉そうに腕組みをした虎太郎は、更に脚を組み笑う。
「ココでするの~?他の患者さん居るし、そんな態度じゃ失礼だよ~」
二人が来る前から居た患者達を気にしてか、小声で話す秋人は周りを見渡すが「アホか喧嘩でも何でも最初が肝心なんや」と睨みつける虎太郎の声は遠慮無くでかい。
秋人の心配を余所に居心地が悪くなったのか、他の患者達は次々と居なくなっていく。
「おっ?都合良く二人だけになったぞ」
更にくつろぐ虎太郎は倒れそうな程大きく、椅子にもたれる。
「それは虎君の人相が悪いからだよ~」
軽口を叩く秋人は、如何にもしまったという表情で口をつぐむが「シバくぞ!誰の顔が悪いって~?」とイタズラっぽく虎太郎は拳を鳴らす。
「‥‥場所解るかな~」
白々しく秋人が話しを逸らしていると、同じ歳位の女の子が食堂に入って来た。
誰かを探している様子の女の子はキョロキョロと室内を見回し、二人の方に近づいて来る。
「ほら~、見舞い客来て二人じゃなくなったし~」
気を使っているつもりなのか秋人は小声で話すが、女の子の容姿が健康的で全体的に丸々としているせいか患者とは言わない。
「虎太郎君?」
「おう、ドラムの鈴ちゃんやなヨロシク」
審査と言っていたわりに虎太郎の物腰は優しく社交的で、鈴も電話で一度話しているからか虎太郎の風貌に怯える素振りは無かった。
「コイツがギターの秋人な!」
まだ立ったままでいる秋人のケツを虎太郎が叩くと「‥‥よっ、ヨロシクです」と予期していなかったであろう突然の紹介に、頭を下げる秋人の返事は吃っている。
「ヨロシクで~す!風鈴の鈴で、鈴で~す」
面白おかしく秋人の真似をした鈴は人懐っこい笑顔で場を和ます。
安心したように秋人も椅子に座り話しだす、そこから三人が打ち解けるのに時間は掛からなかった。
それぞれ好きな音楽を語り合う頃には、食堂の雰囲気も良くなり患者と見舞い客で溢れていた。
「とりあえず今日は顔合わせだけやから、音合わせは今度やな」
何時間話したか解らなくなる位に語り合った頃、虎太郎が切り出すと二人は席を立ち頷く。
去り際ロビーで手を振る鈴に「ベースも募集してるから、次に会う時は四人かもな」と虎太郎の予定は自信に溢れていた。
鈴の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた秋人は振り返り「安心したよ~、結局審査は無しなんだよね?」と疑うように虎太郎の顔色をうかがう。
「あれは冗談や、やる気が有るのは電話で解ったからな」
笑い飛ばす虎太郎は、何故だか慌てた様子で次の目的地へ向かう。
「えっ、どこ行くの?そろそろ検査の時間だよ~」
「大丈夫や、報告だけやからすぐ終わる」
気持ちが走るのか、秋人の脚を心配するでもなく虎太郎の歩く速度は早い。
着いた場所は千夏の居る病室だった。
「久しぶり!虎君退院したんだよね」
虎太郎が病室の扉を開けると、二人に気付いた千夏の明るい声が響く。
「おう」
素っ気無い返事を返す虎太郎の耳は異常に赤い。
「今日は新しいバンドメンバーと会ってたんだよ」
「曲作っても弾く奴おらな意味無いからな」
誇らしげに話す二人に、千夏も嬉しそうな笑顔を返す。
「良いな~、順調そうで」
うらやましそうに千夏は二人を見つめるが、その表情は二人よりも明るい。
「そんな事無いよ~、今日だって会う前に虎君が審査するとか言いだして無茶苦茶だったよ~」
「要らん事言うな冗談やったやろ」
飽きれ顔の秋人に、虎太郎は冗談っぽく睨みを効かす。
「どんな人だった?」
「ドラムで同じ歳位の鈴ちゃんていう女の子だよ」
「え~意外、女の子なの?」
驚く千夏に「張り紙した俺のおかげやけどな」とすかさず自分を売り込む虎太郎。
それを見透かしたかのように千夏は微笑む。
「曲も出来たしな!」
続けざまに語る虎太郎はいつになく饒舌だった。
「私も約束してた歌詞、少しでも書けたら連絡する」
真剣な眼差しで見つめる千夏の一言に、虎太郎の動きが止まる。
「‥‥連絡?」
すっとぼけた質問しか返せない虎太郎に「携帯出して」と千夏はバックから携帯を取り出す。
「っ‥‥、オウ」
今にもポケットから落としそうな位あたふたと携帯を取り出した虎太郎は、ニヤつく唇を無理矢理噛み殺している。
無事にアドレス交換を終えた虎太郎の喜びもつかの間で、千夏は秋人ともアドレス交換を開始する。
虎太郎は少しの間不満そうな表情で二人を見ていたが、どうやらアドレスをゲットしたニヤつきの方が勝っている。
「いつでも良いで連絡待ってるわ、俺からも連絡するし」
上機嫌で病室を出る二人を千夏は笑顔で見送り、室内は静寂に戻っていく。
取り残された千夏が平気なふりをしていたのは、二人が帰った後に落選した手紙を見る姿から明らかだった。
その日の夜、千夏の携帯に虎太郎からのメールが届く。
そのメールには新曲を二人で作った事、秋人に曲名を馬鹿にされた事、その曲に対する思い等が絵文字も無く書き続けられていた。
そんな殺風景なメールでも、千夏が手を止めて読み直していたのは最後の一行「俺が絶対曲にしたるから待っとけよ」と書かれた虎太郎らしい強気な言葉だった。
読み終えた千夏はにこやかに微笑み、落選した結果用紙をごみ箱に投げ捨てる。
思い立ったようにバックからノートを取り出し、書き始めたのは約束していた歌詞。
少しでも今の気持ちを取りこぼしたくないのか、字も汚いまま走り書きした仮タイトルは少年ギャングだった。