「アイデンティティー」1
「アイデンティティー」1
ことわざこそが其の国のアイデンティティーで在り、歴史そのものだと思う。
可愛い子には旅させよとか若い頃の苦労は買ってでもしろとか言うが、
同じ経験をしても同じように学び感じるとは限らない。
だが其れでも言い伝えられる大切さや、学ぶべき何かが其処に在るから影響されるのだろう。
自分だけではないだろうが、街で只すれ違うだけの他人に影響を受けたりする事は無い。
もちろん人は誰しもが、誰かや何かの影響を受けて生きていると思う。
其れが個人なのかメディアなのか、はたまた別の何かなのかは問題ではないが。
其の間、人は成長過程にいるという事は間違いないだろう。
いつの事だかは忘れたが、何かの雑誌で読んだ事が有る。
成長に関する親の影響力というのは二割くらいで、大半の六割位は他人で残りの二割は環境らしい。
身体の無い今。
自分が子供に与える影響は更に低いのだと思うが、これ以上の高望みは出来ない。
感謝を持てなくなれば、それこそ悪霊みたいになってしまいそうだし。
思い返せば自分も、環境や他人から受けた影響の方が強かった気がする。
其の中でも自分の場合に当てはまるのは特に中学生の頃だった。
相変わらず家庭内では遠慮がちな生活を送っていたが、其れは中学生になって部活選択の時もそうだった。
本当は当時流行っていたサッカーやバスケをやりたかったのに、
専用のシューズ代や服代が要るなんて理由を付けて選らばない。
格好つけていたとも言えるが、要はどこまでも親不孝な馬鹿だった。
結局選んだのは一番お金が掛からなそうだったバレー部で、
特に好きでもないから幽霊部員になり数ヶ月で帰宅部の仲間入り。
其れから数日で悪ガキの仲間入りをして、転がるように転落していく。
朱に交われば赤くなる、正にそうなのだろう。
それこそ悪い事なんて数えきれない程にしていた。
自ら作り出し増やす敵と闘い続ける日々で。
生い立ちのせいにはしたくないが寄せ付けた悪ガキ達は同じように家庭での何かを抱えていて、
同じように環境から生まれる何かと戦っていたから敵だとは思えない。
其れでも越えてはいけない一線が自分には有った。
仲間意識を持てる悪ガキの内は良かったが、周りの仲間がそれなりの悪人になるのに時間は掛からず。
ただの悪ガキのまま変わらない自分には、仲間が楽しいと思う事が同じように楽しいとは思えなくなっていく。
自分と同じように思ったであろう仲間だった同級生の何人かは、耐えきれず転校した者も居る。
其れからの毎日はもて余す退屈を周りに合わせるだけの、つまらない日々だった。
つまらないと思えば思う程に居心地は悪くなり、グループ内に居場所は無くなっていく。
其れでも何処の世界にも上下関係は有り、一度入れば簡単に抜け出す事は出来ない。
悪ぶって格好つけたところで、もう親の事すら考えられない程に余裕が無かったのが事実で。
抜け出せない何かから逃れようともがき悩む日々の中、決定的だったのは一つの出来事がきっかけだった。
いつものように先輩の家に集まり暇を持て余していたメンバーだったが、いつもと違ったのは先輩の一言。
「誰々呼んで襲おうぜ」
確かに悪い事ならそれなりにしていたが、さすがに其れは冗談だろうと思った。
予想外だったのは何人かの先輩が「俺が後ろから押さえつけるわ」と計画的に同調し始めた事で
其の欲望が現実になろうとしていた事だった。
普段なら気にならないばか騒ぎした笑い声も、自分を強く見せようとする言動も全てが気持ち悪い。
そんな奴等の一員に自分も居るなんて考えると吐き気がする。
だが先輩だらけのグループ内で自分の立場は決して高くなく、
下から数えた方が早い位だ。出来ることなんてたかがしれてるだろう。
別の話題を振って話しを逸らす位で、其れでも変わる事のない雰囲気が自分を追い詰める。
これ以上自分を嫌いたくなかった。
考えている合間にも相手との連絡は済まされ、逃れようのない現実が迫ってくる。
「家の場所が解らんらしいから迎えに行ったってくれ」
そう言われたのは自分だった。