雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

5〈真人間の決断〉

5〈真人間の決断〉

「あ~!解らん!解らんな~!」

千夏と出会った翌日の朝から虎太郎は口癖のように同じ言葉を繰り返しているが、秋人が理由を聞くと「シバくぞ!」と脅し説明しようとはしない。

聞きたくても聞けないもどかしさからか、秋人が視線をチラチラと虎太郎に送っていると「お前付き合ってる奴おるか?」と虎太郎は突然意外な質問を投げ掛ける。

「そんなのずっと居ないよ~」

女っ気の無い人生を振り返るように嘆く秋人が、病室の天井を見上げていると「俺は付き合った奴10人以上おるわ!今はフリーやけどな」と虎太郎は自慢げに彼女との画像を携帯で見せつけ、からかうように笑う。

「そんなに付き合った事があったら解らない事なんて無いはずだよ~」

まだ信じていなさそうな秋人に「シバくぞ疑ってんのか!あんなタイプは付き合った事ないから解らんのや!」と虎太郎は冗談っぽく握り拳を突き立てる。

鈍い秋人でも、やっと虎太郎が悩む理由に気付き始めたのか「もしかして‥‥、千夏ちゃん‥‥?」と無神経な質問で、余計な事を聞くなと言わんばかりに虎太郎の鋭い視線を受けている。

「ケンカする人が嫌いって男らしい奴はアカンって事やろ!」

まるで秋人の質問が無かったかのように、虎太郎は一方的に話しを続け。

「アカンわ‥‥、気になって夜も寝られん‥‥、これは何なんや?」と自問自答のように呟きながら、枕を握り潰している。

「それ絶対恋だよ~!」

「違うわ!俺がそんな軟弱な訳ないやろ!」

恋愛に対する変なこだわりが有るのか、認めようとはしない虎太郎に「好きになるのは良いことだよ~」と反論する秋人は一般論を振りかざす。

「アホか!好かれる事は有っても俺が好きになる事は無いわ!」

「そんなの絶対オカシイよ~!もしかして‥‥、自分から告白したこと無いとか‥‥」

恐る恐る尋ねる秋人に「無いに決まってるやろ!」と言い切る虎太郎は一睨みして、秋人はそれ以上何も言えなくなってしまう。

数分間気まずい沈黙が病室に続くと「じゃあ‥‥、そろそろ合いに行こうかな~」と秋人は小声で呟き、試すように病室を去って行く。

少し手を上げ虎太郎は呼び止めようとしたが、好きになったと認めたくないからかごまかすようにバイク雑誌を手に取る。

数分後見るからに落ち着きを無くした虎太郎は、居てもたっても居られなさそうに後を追う。

リハビリ室前に着いた虎太郎は立ち止まり、扉に手を掛けては下ろし掛けては下ろしを繰り返し。

中に入るのをためらっていたが、室内から聞こえてくる笑い声に誘われるようにドアを開ける。

「やっぱり~、来ると思ったよ~」

待ち構えていたのか視線の合った秋人が笑顔を送ると、虎太郎は気まずそうに近寄り「オウ‥‥、一人で居っても暇やからな」と強がり、千夏には少し余所余所しく会釈を返す。

「歌詞進んでるか?」

「うん、今ちょっとづつ書いてる」

「いつでも良いで待っとるわ」

さりげない二人の会話に「オ~!見たい見たい!ソレ気になってたんだよ~」と秋人が割り込むと虎太郎は邪魔するなと言わんばかりに一睨みするが、秋人は全く気付いていない。

「まだ完成してないから秘密~!」

「え~!気になるよ~!」

まるで駄々っ子のように食い下がる秋人に「駄目ったら駄目~!」と千夏はからかうように笑顔を返す。

「さあ-、今日も頑張ってこようかな~」

そう言って千夏が患者の近くに駆け寄って行くと「何を頑張るんや?」と気になって仕方ない様子の虎太郎は、秋人に小声で尋ねる。

「ソレは知らないけど~、見てたらきっと解ると思うよ」

秋人の言うように黙って眺める虎太郎の立ち姿は、仁王のように患者を威圧していく。

「‥‥そういえば、いつも何か手伝っていたかな‥‥」

「大丈夫ですか?」

さりげなく声を掛け患者に手を貸す千夏の姿を見た虎太郎は、秋人に返事を返すでもなく見とれ立ち尽くす。

「もしも~し~?虎君?」

全く反応の無い虎太郎を横目に、秋人は不思議そうに首を傾げていたが「やっぱりそうだ~」と確信したかのように一人頷き。

そんな秋人の異変にも気付けない程、虎太郎は幸せそうに見とれていたが

「いつもありがとうね本当助かるよ」

「こちらこそ勉強になるから助かります」と親しげに千夏と話すリハビリ補助をしていた職員とのやり取りを見た瞬間、虎太郎の表情は一変していく。

「‥‥アイツ誰や?」

付き合っている訳でもないのに、虎太郎の怒りは目に見える程溢れている。

「えっ?何が?」

きょろきょろと秋人は反射的に周りを見渡すが、その理由を理解してはいない。

虎太郎の心配を余所に、親しげな会話を続ける二人は「こういう時はこんな感じで補助するんですよ」と手を触れ合い、更に強く虎太郎の怒りを受けている。

「今の見たか?セクハラや」

「え~?教えてもらってただけだよ~」

宥めようとする秋人を振りほどき、虎太郎は無言で詰め寄って行く。

「オイ!今触ったやろ!」

突然の怒号に、30代位の職員は返事も返せない程驚いてる。

「何を言ってるんだ?」

職員は冷静に対応しようとするが「ええから謝れ!」と今にも飛び掛かりそうな虎太郎の怒りは、全く治まりそうにない。

「ちょっと‥‥、虎君どうしたの?」

虎太郎がつかみ掛かろうと伸ばした手を千夏が押さえると「いいから、どいとけ」と虎太郎は強引に振りほどき、千夏は悲鳴と同時に倒れ込む。

「‥‥ス、スマン‥‥、喧嘩は嫌いやったな‥‥」

我に返り虎太郎が手を差し延べると「ちゃんと仲直りしたら許してあげる」と安心した様子の千夏は、笑顔で手を握り返し立ち上がる。

完全に誤解が解けた訳では無いが、仕方なさそうに謝る虎太郎を見兼ね職員が渋々仕事に戻ると「喧嘩は駄目だよ~」と一足遅く駆け付けた秋人のマヌケな一言で、二人は思わず吹き出した。

「遅いわ!今頃何しに来てん?」

すっかり怒りも冷め、呆れ口調で笑う虎太郎に「‥‥アレッ?喧嘩は中止‥‥?も~う心臓が止まるかと思ったよ~」と秋人は弱々しくその場に倒れ込む。

「大袈裟な奴やな~!」

何事も無かったかのように虎太郎は笑い飛ばすが、まだ気掛かりなのか視線は職員を追っている。

「スマンかったな、また邪魔するとアカンから練習行くわ」

千夏に一言告げた虎太郎は、秋人を連れ早々とリハビリ室から退室したが「俺は馬鹿やわ‥‥」と落ち込み歩き始めて数分も経たないのに、立ち止まり天井を見上げている。

「笑ってたし気にする事無いよ~!」

慰める秋人を虎太郎は睨みつけ「ア゛~!やってもた!アイツのせいや」と周りも気にせず壁を叩く。

「駄目だよ~!みんな見てるよ~」

キョロキョロと秋人は患者達の人目を警戒するが、虎太郎の一睨みで視線どころか人気すら無くなってしまう。

「俺は解った‥‥、認めるわ‥‥」

一人で納得する虎太郎を秋人は不思議そうに眺めるが、虎太郎は解るように説明しようとはしない。

「えっ?どういう事?全然解らないよ~?」

「好きや!俺は好きになってる!」

まるで告白のような紛らわしい虎太郎の発言に、勘違い甚だしく秋人は返答に詰まる。

「アホか!お前ちゃうわ!」

誤解に気付いた虎太郎は、飽きれ口調で今にも殴りだしそうだが「も~う!ビックリしたよ~!」と弱々しく壁にもたれる秋人は、笑顔で安心している。

「あっ‥‥、そうか!千夏ちゃんだ!」

思い出したように秋人は手を叩くが、飽きれきった虎太郎は返事もせずに歩きだす。

「ちょっと待ってよ~!」

慌てて秋人は追いかけるが、虎太郎は振り返りもしない。

屋上に着いた二人の目的は練習だったが、上の空な虎太郎は黙ったまま雲を眺めていた。

 詳しく聞き出したそうに秋人はチラチラと顔色を窺うが、虎太郎は微塵も気にしていない。

「もしかして‥‥、告白するとか‥‥?」

恐る恐る尋ねる秋人に「アホかっ!そんな簡単ちゃうわ!」と床を叩きながら虎太郎は睨みを効かす。

「でも‥‥仲良さそうに話してたし、きっと大丈夫だよ~!」

「仲良さそうに話してたんは、あのセクハラ野郎や!」

殴れなかったのを思い出したせいか、再び床を殴る虎太郎の力に加減は無い。

「それに‥‥、さっきケンカしかけたから嫌われたかも知れんしな‥‥」

片手で頭を抱えた虎太郎は、再び現実逃避的に空を眺める。

「そんなに悩むならケンカしなければ良いんだよ~」

「アホか!男には避けられない戦いが有るんや!それに最近肉食草食って言うやろ、俺位肉食な奴もおらんからな」

「ソレ絶対意味違うよ~」

吹き出す秋人を一睨みで黙らせた虎太郎は、自分の間違いをごまかすようにギターを取り上げ掻き鳴らす。

練習というよりはストレス解消方的な弾き方を続ける虎太郎に「駄目だよ~、優しく弾かないと弦が切れるよ~」と宥める秋人はギターを取り返そうとするが、虎太郎は当然返そうとはしない。

そんなやり取りも面倒臭くなったのか、雑にギターを置いた虎太郎はタバコに火を着ける。

「も~う、コレ結構高いんだよ~」

やっと取り返したギターを秋人は愛しそうに抱き抱えるが、虎太郎は見向きもしない。

「決めた!俺は決めたぞ!」

数分後タバコの火を消し突然宣言する虎太郎に「えっ‥‥?何を?」と良い予感がしないのか、秋人は過剰な反応を返す。

「俺は真人間になる!」

ついさっき床を殴っていたとは思えないような虎太郎の発言に「え~?無理だと思うよ‥‥」と秋人はギターを守りながら恐る恐る否定する。

「何が無理や!シバくぞ!」

どこまでが本気なのか解らないせいか、秋人は返事も返せずにいるが「そうと決まれば先ずは腹ごしらえや!」と立ち上がる虎太郎の決心は固い。

その決心の固さが虎太郎の気持ちを表すものなら、逸れは間違いなく本気で大人の仲間入りする一歩だった。

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