雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

エッセイ・小説・詩・ポエム

6〈決意と悪意〉

6〈決意と悪意〉

「けど真人間になるって実際どうするの?」

「それを今から考えるんやろが」

昼飯を食べ終えると、秋人は言われるでもなく自然に二人分の食器を片付ける。

「そうだ!この前みたいに見た目から変えれば良いんだよ!例えば髪型とか~」

「アホか!これは俺のポリシーやぞ!死んでも変えんわ」

そう言って自慢げに髪型を調える虎太郎に「そんな頭の真人間いないよ~!」と秋人は口を滑らせ、ばつが悪そうに黙って下を向く。

「見た目以外でも他に色々有るやろ!」

「そんなの思い付かないよ~」

虎太郎の鋭い視線が気になるのか、秋人は如何にも考えてもいなさそうな返事を返す。

「そうだ~!子供に好かれるようになれば良い人だよ~!」

「良い人じゃあなくて真人間や」

「そんなの一緒だよ~」

「‥‥で、何すればええんや」

「自然に話しかけて一緒に遊んだら良いんだよ~」

仕方なさそうに虎太郎がため息を漏らすと、秋人は誘い込むような笑顔で立ち上がった。

 一階の待合室に着いた二人は、まるで異常者のようにキョロキョロと子供を探す。

秋人が念のため持ち歩いているギターが、更に異様さを増しているが他の患者達は気付いてもいない。

「あの子なんてどう?」

まだ生まれたばかりの幼児を抱き抱える母親を秋人が指差すと、気付いた母親はさりげなく視界から遠ざかって行く。

「自分で探すからええわ」

そう言って虎太郎が見つけた小学生に近寄って行くと、小学生は走って母親の近くに逃げてしまう。

「もっと笑顔じゃないと駄目だよ~」

もっともらしい言葉で、講師振る秋人を睨む虎太郎は「こんなん出来るようになっても意味無いから、もうええわ」と今にも八つ当たりで手を出しそうだ。

「決めた!もっと真面目に練習するわ!」

急かすように虎太郎は立ち去ろうとするが、きょとんとした表情の秋人は意味を理解してはいない。

「約束を守る為に練習するんや、正に真人間やろ!」

迷い無く言い切る虎太郎に、秋人は一瞬驚いていたが「だったらギター貸しといても良いよ!その方がいつでも練習出来るだろうし!」と虎太郎の気持ちを応援するように、笑顔でギターを手渡す。

自分の覚悟を試すかのように虎太郎は一人で練習に向かい、秋人は静かに見送り病室に戻って行った。

 1時間も経たないで病室に帰って来た虎太郎は、いらついた様子でギターをベットに投げ捨てる。

「駄目だよ~、壊れるよ~」

秋人は心配そうにギターを見つめているが、虎太郎は無言のまま気にもせず携帯電話を取り出す。

「練習どうだった‥‥?」

恐る恐る尋ねる秋人に「ミュートもピッキングも、どれも上手くいかんな‥‥」と虎太郎は不満げにギターを睨む。

「ギターは悪くないよ~、もっと練習しないと上手くならないよ~」

「もう今日は止めや!」

窘める秋人を見向きもせずに、虎太郎は不機嫌そうに携帯ゲームを始める。

「こんな時はガチャしかないやろ!オラッ!!」

必要以上に気合いを入れて虎太郎は携帯に触れるが、遠慮の無い舌打ちで結果は明白だった。

それから数分間二人しか居ない病室には会話も無く、虎太郎のしている携帯ゲームの音だけが響いている。

「そうだ!練習しないならお見舞い行こうよ」

「お見舞いって誰のや?来てもらうの間違いやろ!」

「だから~千夏ちゃんだよ~!病室なら患者しか居ないし、きっとヒマしてるよ~」

「アホか!さっき会ったばかりやぞ」

手を止めて話していた虎太郎は、バカらしそうに再び携帯を操作する。

そのまま数分間無言の状態が続くと、秋人は退屈に耐え切れなくなったのか「だったら一人で行ってくるよ~」と病室から去って行った。

 病室に着いた秋人は千夏を探すが、室内には清掃員しか居ず部屋を出ると「もしかして‥‥、今の彼氏かしら‥‥」「かわいそうにね、まだ若いのに‥‥」とボソボソと噂話が聞こえてくる。

秋人は思わず立ち止まり聴き入るが、如何にも関係の無い話題に変わったので慌てて虎太郎を探しに戻った。

 病室に着いた秋人は険しい表情で虎太郎に駆け寄るが、何も知らない虎太郎は呑気に携帯ゲームを続けている。

「虎君短いんだよ!!」

「何や‥‥、まだ練習時間の事言ってんのか」

秋人の気も知らず、返事を返す虎太郎は面倒臭さそうに頭を掻く。

「違うよ、千夏ちゃんだよ!」

「‥‥それどういう意味や?」

夏の名前を聞いた途端、虎太郎の表情は真剣に変わる。

「さっき病室で聞いたんだよ~、掃除の人が話してて‥‥、若いのにかわいそうだって‥‥」

「直る病気と違うかったんか‥‥」

見るからに落ち込む虎太郎に、返す言葉も見つけられない秋人は静かに俯く。

病室には携帯ゲームの音が響いているが、虎太郎は自分に出来る事を考えてか触れようともしない。

「‥‥どうしよう、教えてあげた方が良いかな‥‥」

松葉杖で動きづらいはずなのに、落ち着きの無い秋人は座ろうとしては止めてしては止めてを繰り返す。

「何も言わん方が良いやろ‥‥」

「え~、無理だよ~!言わなくても態度で絶対気付かれるよ~」

「そんなもん自然にしとけばええんや‥‥」

そう言い切る割に虎太郎は片方の足を不自然に揺り動かし、明らかに動揺をごまかしていた。

 会話が途切れたままの病室では、相変わらず携帯ゲームの音だけが響いている。

「辞めや!今度こそ本気や」

突然携帯の電源を切った虎太郎は、本気宣言と同時に携帯をベットに放り投げ。

それを見た秋人は口にこそ出さないが、如何にも疑いの眼差しを向けると「何や?疑ってんのか?シバくぞ!」と虎太郎はいつものように拳を見せつける。

「それなら練習手伝うよ~」

そそくさと秋人がギターを担ごうとすると「一人でええわ、俺が本気を出せば一人でも出来るようになるんや」と虎太郎はギターを取り返し、早速練習に向かった。

 屋上で練習を再開した虎太郎は苦戦していたが、宣言通り簡単には諦めようとはしない。

もう弾き始めてから一時間は経とうとしていた頃「おっ‥‥、やっとるな~!邪魔するで~!」と見舞いに来た竜也が、笑顔で近寄る。

「何や竜か、邪魔するんやったら帰ってくれ」

そっけなく虎太郎が視線をギターに戻すと「せっかく合いに来たったのに冷たいな~!」と竜也は

たいして気にもしていない様子で、目の前に座り込む。

「からかいに来たの間違いやろ」

「違うわ!自慢しに来たんや」

自慢げに竜也は財布を取り出そうとするが「どうせまたパチンコやろ!俺は今日からマジで練習するんや邪魔するな」と練習を再開する虎太郎は、見ようともしない。

「冷たいな~!コレも見んのか~?」

悪戯な笑顔で土産を見せびらかす竜也に「それを先に出せや!シバくぞ」と虎太郎はコンビニの袋ごと土産を取り上げる。

「お~!パーツキングやん!」

袋から取り出した改造車専門誌の表紙を見ただけで、虎太郎のテンションはこの上ない。

「気が効くやろ~!ほれ開いてみ~」

イタズラっぽく手を出した竜也はページを開こうとするが「イヤ!今は見んぞ!」と両手で雑誌を閉じた虎太郎は、空を見上げ意地でも見ようとしない。

「何や?後のお楽しみか~?」

からかうように竜也は虎太郎の顔を覗き込むが「違うわ!さっき言うたやろ!俺はマジなんや!」と虎太郎は相手にしようとせず、ギターを弾き始める。

「何や~?何かオカシイな~?」

ニヤニヤと疑いの眼差しを向ける竜也に、虎太郎は黙れと言わんばかりの眼光で返答する。

二人がそんなやり取りをしていた頃、秋人は千夏の病室に来ていた。

 オドオドといつもより落ち着きの無い秋人に「病室に来るなんて珍しいね」と千夏は笑いかけるが「そんな事ないよ~!たまたまだよ~」と秋人は下手な嘘を返し、視線すら合わせられない。

いつになく途切れ途切れな会話に、違和感は言うまでもない。

「ほら、そんな事よりも今日は良い天気だよ~」

ごまかすように秋人は窓の外を指差すが、実際はそれ程良い天気でもなく。

「何ソレ~!お見合いみたい~」と千夏は笑うが、秋人は上手く言葉も返せない。

「解った~、もしかして~告白?」

秋人の異変に気付いてか、千夏は場を和ますようにからかうが「違うよ~!なんでもないよ~!」と秋人は大袈裟に手を振りごまかす。

「今日は虎君一緒じゃないの?」

何処となく気掛かりなのか、さりげなく尋ねる千夏に「何かマジで練習するって屋上行ってから帰って来ないんだよ~」と秋人は隠す事も無く笑い飛ばす。

その頃まだ虎太郎の戻って来ない病室では、着替えを持って来た虎太郎の母親が「すいません‥‥、うちの子が迷惑掛けていませんか‥‥」と心配そうに、話し掛けた看護婦に頭を下げる。

「いえいえ、何も問題無いですよ。ほとんど病室に居ないですし」

「えっ‥‥?」

驚いた様子で聞き直す母親に「病室一緒の子と屋上でギター練習しているらしいですよ」と看護婦は社交的に笑顔を返す。

「そうですか‥‥」

これまでに我が子が起こした素行の悪さを思い出してか、涙声の母親は少し安心したように頷く。

虎太郎が本気で何かに取り組む事を誰よりも望み、誰よりも喜んでいたのが母親なのはその姿から明白だった。

 

 その頃ヒマを持て余した秋人の悪友三人は、ファミレスで時間を浪費するのにも飽き始めていた。

「もう炭酸要らんわ~」

「はい俺、炭酸飲まれへん~」

「何で~?めっちゃ美味いやん~」

「あんなん飲む物違います~!知らんの骨溶けるんやで!」

「溶ける訳ないやろ!それやったら皆溶けてるやろ」

「はい知らんだけ~」

根拠の無い噂話で三人は馬鹿騒ぎするが、やはり間は持たない。

「いじる奴おらんとヒマやわ~」

「ゲーセンでも行くか~?」

「ゲーセンなんか行かへんよ~、携帯で充分です~!」

「イタ電してみようや!」

一人が秋人に電話すると、二人は楽しそうに顔を近づけ聞き耳を立てる。

「おい俺や!事故って金が要るから貸してくれ」

「え~?無理だよ~、お金無いよ~」

電話越しでも解る秋人の情けない声に「びびったやろ~!これが俺俺詐欺や~!」と三人は他の客を気にする様子も無く、ゲラゲラと馬鹿騒ぎしている。

「俺達ヒマやから今すぐこっち来て~さ!」

「え~?無理だよ~、骨折れてるし~、だったら病院に来れば会えるよ」

「そっちにうっとうしい奴居るから俺達行きたくないな~」

「もしかして虎君の事?良い人だよ~、好きな子の為にギター猛練習する位だし」

「何ソレ?どんな子~?どうせ金髪とかちゃうん~?」

「普通の子だよ~!同じ病院に入院してる」

「ええわ~、そんなん関係無いし~」

どうでもいいと馬鹿にしたように三人は笑うが、視線を合わす表情は明らかな悪意と悪巧みに満ちていた。

 

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