雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

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「宿題と一歩」2

「宿題と一歩」2

 行き先を告げられないまま児童相談所という聞き馴染みのない場所に連れて行かれたのは、
 家出から帰って数日後の事だった。

 警察署に行方不明の届け出を取り下げに行った後の事だが、母さんは理由も聞かず全く自分を攻めなかった。

 もちろん反省はしていたから逆らう気にはなれなかったが、何をしていたかは言う気は無い。
 其れを警察から聞かれなかったのは、せめてもの救いだろう。

 もちろん不安は有った。
 新しい事なんて何もしたがらない自分が素直に母親についていけるのも少しは強くなったからか、
 助けてくれた人達の影響に依るものだろう。

 家出する前の自分は母親に「今のあんたは死んだ魚のような目をしてる」なんて言われたが、
 自分でもそう思うと関わる全てに悲観していたものだ。

 電車に二駅程揺られ着いた目的地は、キレイな建物の多い商業地区には似つかわしくない場所に存在していた。

 五階建ての建物の中には、囲われて外からは見えないような運動場迄有り。

 もしかして俺は此所で生活する事になるのか。
 そんな少しずつ迫ってくるような不安は、次第に確信的なものへと変わっていく。

 其れでも職員に連れられた個室での面談は意外にも和やかで、
 自分が警戒していたように裁かれる感じではなかった。

 そのおかげか多少は本音も話せたし、母親の不安を取り除く事は出来ただろう。

 だが心理分析のテストや場所から考えても、只雑談をするだけでは済む訳もなく。
 常に審査されている立場だという意識は拭えなかった。

 罪と罰という言葉が在るように、自分がした事にも其れなりの清算が求められる。

 少年院や鑑別所等、子供でも悪い事をしたら入れられる場所は幾らでも有り。
 其れは自分のような場合でも例外ではないのだろう。

 多少の覚悟は出来ていた。
 今までと同じように生活はしようがないのは自分が一番解っていたし、何よりも自分自身望んでいなかった。

 下された結果告げられたのは今の学校には行く事は出来ないだろうという職員の判断と、
 少年院のような場所に入れる程悪い子だとは思わないという優しい言葉だった。

 これまでも気付く事が出来なかっただけかも知れないが、生まれて初めて大人に認められた気がした。
 素直にそう受けとれるようになったのも、あの家出した日々の中で出会った人達のおかげだと思える。

 自分の受け入れ先が決まる迄の間は児童相談所で生活をする事が決まると、
 着ていた服を着替えさせられ建物内を案内される。

 施設内には当然自分以外にも入所者が居て、年齢の近い女の子が二人と年下の男の子が一人。
 何れも自分と同じように理由が有るのは明白で、互いに傷付け合わないように妙な詮索なんてしない。

 寝起きする時間や勉強の時間は規則で決められていたから多少の抵抗は有ったが
「先ずは規則正しい生活に慣れる事」ともっともな理由に納得するしかない。

 そもそも働いていた頃は其れよりもずっと早い時間に起きて仕事していたのだから、よくやっていたと思う。

 とはいえ家出する前の生活は学校にも行かず家にも帰らず、先輩達と夜中うろつき回り。
 それこそ夜行性の獣のような日々を送っていたのだから、人というのは逞しい者である。

 守ってくれる大人が居る児童相談所での生活は平和だった。

 少しばかりの出逢いと別れの中で多少の荒くれ者が入所してくる事は有っても、断れば巻き込まれる事は少ない。

「夜中女子の部屋に忍び込もうぜ」とか「朝起きるの嫌やから部屋占拠しようぜ」
 みたいな可愛いらしい内容だが、認めてくれた職員を裏切りたくはないし。

 何より気付くのが遅かったが、自分で思っていた以上に自分は争い事が嫌いだった。

 自由を履き違え力で押し通そうとする、そんな奴らは大抵職員と争い事を起こし直ぐに違う場所に送られていく。

 自らが望んで起きた結果だから同情なんて出来ないが、引っ込みがつかなくなったような場合の方が多い。

 とはいえ短い人生を振り返ってみても、こんな平和な日常は幾年ぶりかに思える。

 だが此所での生活も限定的なのだから、行き先が決まれば新しい環境に順応しなくてはいけない。

 其の中には望まない争いなんて幾らでも有るだろう。
 それこそきりがない位に。

 だからこそ強くならなければいけない。
 今よりももっと自分が正しいと思う事を貫けるように。

 職員から受け入れ先を告げられたのは、此所での生活が一ヶ月を過ぎようとした頃だった。

 場所こそ違うが自分がまだ幼かった頃にも世話になった事の有る養護施設だったのは、
 何かしらの縁なのかもしれない。

 車に乗せられ向かった其の施設は山奥に在り、敷地内の広いグラウンドでは子供達が笑顔で駆け回っている。
 元々は教会だったらしいが、自分の想像していたような監獄的場所とは明らかに違っていた。

 先ず学校には普通に通えるし、自分は入らなかったが部活にだって入る事が出来る。
 就寝時間や朝のお祈りといった決まりは一応有るが、基本的には自由だ。

 届け出れば外出も出来るし、多少のこずかいも貰える。
 常に驚く事だらけだった。

 もちろん住んでいる子供達にはそれぞれ抱えている問題が有るのだろうが、
 其れを感じさせない程みんな明るいし優しかった。

 同世代の仲間が常に居る環境だからか、職員の影響なのかは解らない。
 少しばかり成長しても、まだ人間不信の治まらない自分には眩しい世界でも有った。

 この頃の自分は揉め事に巻き込まれても負けないように、刃物代わりの武器を持ち歩いていて。
 部活に入っている訳でもないのに、学校から帰れば常に身体を鍛えていた。

 他の皆がTVを見て笑っているような時もそうだったし、学校に行かない休日もそうだった。
 だからと言って誰と仲が悪いでもなく、特に突っかかってくるような敵もいない。

 とはいえ此所にだって悪ガキが居ない訳ではない。

 其れは歳上にも同学年にも居たし、抱えている問題が多いのだから当然といえば当然なのだが。

 学校でも其れは同じで、むしろ柄の悪い奴とは直ぐに打ち解けた。

 此所でもつまらない理由で多少はケンカをしたが、何とか大事にはならずに済んでいる。

 まだ若かったとしか言い様がないが、
 もちろん自分は誰彼構わず突っかかっていくような人間ではないし争い事は好きではない。

 少しばかり普通でないのは解っている。
 其れでも短い人生を振り返ると簡単には変わる事の出来ない自分がいて、守るべき何かが其処には在る。

 いつか自分も変わる事が出来るのだろうか。
 抱えた全てを笑い飛ばす位に明るく優しく。

 それこそまだ自分すら知らない自分に出逢うような。

 今日明日とはいかなくても何時の日か望む自分に。
 確かなのは、あの頃よりも少しだけ成長した自分。

 望まない相手と関わらないのは不可能でも、自分が正しいと思える方を選ぶ事は出来る。
 今の自分を見て母さんは褒めてくれるだろうか。

 あの頃悲しませた事も、呆れさせた事も無くす事は出来なくても。

 そんな今日を繰り返し積み上げた明日が成長という事ならば、
 きっと変わろうと決めた時がすでに昨日とは違う自分。

 初めて話し掛けようとした時も、初めて手を繋ごうとした時も同じ。

 勇気を出し答えの解らない一歩を踏み出そうとした時、いつも僕らは変わろうとし続けている。

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