雨実 和兎の小説創作奮闘ブログ

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2〈先生と師範〉

2〈先生と師範〉

夜になると人が居る喫煙所を避けた虎太郎は屋上に上がり、タバコの火を着けようとすると何処からかギターの音が聴こえてくる。

思わず手を止めて聞き耳をたてていると、聴こえてくる曲は虎太郎がいつも聴いている曲。

「上手いやん‥‥」

こぼすように呟き。

音の鳴る入り口の裏側に近づいていくと、そこでギターを弾いていたのは秋人だった。

「マジか‥‥、お前凄いな‥‥」

「えっ?‥‥、違うよ~!そんな事ないよ~!

一曲全部弾けるのこの曲だけだし‥‥」

下手くそな謙遜に虎太郎は少し苛ついたように眉をひそめるが「いや、マジで凄い!」と素直に認め、一人で納得したかのように頷く。

「ソレ貸せ」

冗談混じりの笑顔でエレキギターを剥ぎ取った虎太郎は、それっぽく格好つけて弾いてみるが「全然違う?何か音も小さくないか?」と上手く弾けないが気にするでもなく、無邪気に笑い掛ける。

「音が小さいのはアンプに着けてないからだよ~」

ここぞとばかりに得意げに話す秋人の話しを聞きもせず、虎太郎はギターを夢中でいじくっている。

「俺も弾けるようになるか‥‥?」

手を止めて真剣な表情で聞く虎太郎に「最初は難しいけど練習すれば弾けるようになるよ~」と秋人は先生ぶって偉そうに答える。

「教えてあげようか‥‥‥‥」

弱々しくも上から口調を続ける秋人に耐え兼ねた虎太郎は「シバくぞ!教えさして下さいやろ」と命令口調で、とても頼む側の立場とは思えない。

「お‥‥、教えさして下さい‥‥」

如何にも言わされた感一杯な秋人の肩を虎太郎は叩き「お礼に俺はお前を強くしたるわ!」と頼んでもいない師範役を買って出る。

 

 翌日の正午。

松葉杖を突いた状態だとは思えない程、力強く秋人を倒した虎太郎は「オイッ!そんなもんか!もっと踏ん張れや!」と横たわる秋人を見下ろす。

「片足だから踏ん張れないよ~」

人の少ない屋上とはいえ病院での相撲に、避ける患者達の視線は冷たい。

「もう一丁やぞ!早う立てや」

「もう無理だよ~」

なかなか立ち上がろうとしない秋人に「解ったボクシングにしよか」と虎太郎は早速構えるが「痛そうだし、もっと無理だよ~」と秋人は怯えきってへ垂れ込んでいる。

「そんなんじゃ強くなれんぞ、じゃあ痛くなかったら良いんやな」

顔を近づけ虎太郎が脅迫的に睨みを効かすと「痛くないのなら良いよ~」ようやく立ち上がった秋人は頷き、二人はエレベーターで移動を開始する。

 二人しか乗っていないエレベーター内で、秋人は気まずそうに黙っていたが「次って‥‥?」と行き先も行動も解らず虎太郎の後を追うのに耐え兼ねたのか、秋人が不安そうに聞くと「着いてからのお楽しみや!」とエレベーターを降りた虎太郎は笑顔を返した。

 一階受付の前を通り過ぎ、待ち合いの椅子にドスンと腰掛けた虎太郎は「今からガンつけしてケンカを売ってみろ」と来客達を指差し真剣な眼差しで相手を選んでいる。

「が‥‥ガンつけって‥‥何?」

如何にもしらばっくれる秋人に「ガンつけってのはこういうのや!」と虎太郎は秋人に顔を近づけ睨みつける。

「えっ‥‥何?何もしていないよ‥‥」

後ずさり視線を逸らす秋人に「コレがガンつけや、誰か選んで同じようにして来い」と虎太郎は秋人の背中を叩く。

「え~、そんなの無理だよ~、怒られるよ~」

立ち止まる秋人は一応周りを見渡すが、やる気なさは言うまでもない。

「もう誰でもええから早う行けや」

再び虎太郎が睨みつけると、秋人は仕方なさそうに相手を探し座席周りを移動し始める。

めぼしい相手が見付からず秋人は手を振り居ないと訴え掛けるが、虎太郎は鋭い視線を返し認めない。

開き直った秋人は誰彼構わず睨みつけ始めるが、くしゃみを我慢しているようにしか見えず子供に笑われている。

「オイ!!」

虎太郎が手招きして呼び戻すと、駆け付けた秋人は「何か子供に笑われちゃったよ~」と恥ずかしそうに顔を隠す。

「何や今のは?眩しいんか?」

思わず吹き出す虎太郎に「違うよ~、ガンつけまくってたんだよ~」と秋人は使い慣れない言葉で男ぶる。

「もうええわ、早う行くぞ!」

連れ立って歩くのも恥ずかしいのか、虎太郎は妙に先を急ぐ。

「つ‥‥、次は‥‥?」

心配そうに後を追う秋人が聞くと「また屋上行ってギターの練習でもしよか」と虎太郎は半ば諦めた様子で振り返る。

 

 二人が屋上に着くと虎太郎の見た目が威圧的なせいか、疎らに居た患者達は数分も経たないで立ち去って行った。

「んで、何から始めたら弾けるんや?」

「先ずはコレを使ってチューニングなんだけど‥‥」

持ち込んだ機器を秋人が取り出し始めると「面倒臭さいからソレはええわ」と虎太郎はタバコに火を着ける。

「真ん中にこうなったらOKで‥‥、順番に‥‥よしバッチリだよ~」

「次は?」

待ちくたびれた仕返しか、虎太郎は質問しながらタバコの煙りを秋人に吹き掛ける。

「最初はやっぱりドレミからだったような‥‥」

咳込みながら秋人が自信なさそうに答えると「ドレミ~!?もっとジャンジャカ弾けれんのか~?」と虎太郎は不満げにタバコの火を消す。

「そんなに簡単には弾けないよ~」

「まあええわ、んでどれがドやねん?」

早速ギターを取り上げる虎太郎は「コレか?コレちゃうか」と適当に弾き鳴らす。

「違う、違うよ!ココを押さえて弾くんだよ~」

「ほ~う‥‥コレがドか‥‥」

始めて鳴らすドに虎太郎は一人納得している。

「次はココがレで、ココがミだよ」

「ほ~う‥‥」

教わるがまま試しに弾いてみたドレミに感動した虎太郎は、飽きもせず何度も繰り返す。

少し鳴らし慣れてくると上手さが気になったのか「ちょっと同じの弾いてみろ」と秋人にギターを返した。

「そんな違いないよ~」

言われるがまま秋人がドレミを鳴らすと「そんなもんか‥‥、俺の方が響きが深いな」とギターを取り上げた虎太郎は、知った風な自画自賛で調子に乗っている。

「慣れてくると童謡のさくらとか練習に良いんじゃないかな~」

挑発するでもなく無意識に放った秋人の一言で、虎太郎は練習していた手を止め「ソレ弾けるんか?」と睨みを効かす。

「ほ~、そうなんか~、それは凄いな~」

虎太郎の明らかにトゲを含んだ口調に「すっ‥‥、すぐに出来るようになるよ‥‥」と秋人は下手くそな言い訳をするが、虎太郎は不機嫌な顔でタバコに火を着ける。

タバコを吸い終えると虎太郎は再びドレミの練習を始めるが、秋人は怒らせるのを恐れてか話し掛けようとはしない。

「もう飽きたな‥‥」

そう言って虎太郎がギターを下ろす頃には、練習を始めてから一時間が過ぎようとしていた。

「練習終わる?片付けるよ~」

そそくさとギターをケースに入れようとしていた秋人が「ウアァ~!!」突然叫び声を挙げる。

「オイッどうしたんや‥‥?」

思わず立ち上がる虎太郎に「イヤ‥‥、今‥‥、虫が‥‥」と秋人はケースごとギターを引きずりながら後ずさって行く。

「ビビりか!シバくぞ」

如何にも馬鹿らしそうに虎太郎は秋人を見下ろす。

「イヤ‥‥、大きかったし‥‥」

言い訳をしながらも、秋人の視線は逃げる虫から外せずにいる。

「アカン!もう一回鍛え直しや」

「え~?また相撲やるの~?」

「違うわ、度胸試しや!」

「えぇ~!?」

ささやかな悲鳴を挙げる秋人を顧みる事も無く、すぐに虎太郎は歩き始める。

 目的地に着いた虎太郎は「ココや!」と真顔で女子更衣室を指差す。

「えっ‥‥?どういう事?」

瞳をパチクリとして聞く秋人に「入れ!」と虎太郎は笑顔で頷く。

「無理だよ~、そんなの変態だよ~」

秋人は小声で尻込みするが「お前の度胸の為や!」と虎太郎は意味不明な親切心で説き伏せようとする。

「そんな事したら捕まるよ~」

さすがに必死で聞き入れない秋人に虎太郎は諦めたのか「冗談や!本命は夜や!」と笑い飛ばした。

 

 夜になると虎太郎は「そろそろ良い時間や行くぞ」と秋人に声を掛け、二人はひっそりと病室を抜け出す。

「見付かったら怒られないかな~」

恐る恐る後を追う秋人は、まるで脱獄をする囚人のように周りを気にしている。

「ココはマズイよ‥‥」

看護婦の居る受付前に差し掛けると、秋人は小声で引き止めるが「何をしてんねん、早う来い!」と虎太郎は全く気にもしていない。

松葉杖を突きながらなのに、さながらスパイ的に差し足で歩く秋人を「お前はコソ泥か!」と虎太郎は笑い続ける。

そんな調子で二人が辿り着いた先は、霊安室の扉前だった。

 

 虎太郎は身震いする秋人に笑い掛けながら「目的地到着や!入ってますか~?」と冗談っぽく二回扉を叩く。

「駄目だよ~、出て来るよ~」

無駄に秋人は両手で扉を押さえるが、悪ノリした虎太郎は「どうなんや~、オラ~?」と更に強く二回扉を叩く。

「そんな事したら呪われるよ~」

秋人は扉に向かって何度も頭を下げるが「大丈夫や!入れ!」と虎太郎は白々しい真顔で扉を指差す。

「こんなの罰当たりだよ~、どうせ鍵閉まってるよ~」

「そんなもん開けてみな解らんやろ!ええから、ほれ!」

言われるがまま秋人がゆっくりとドアノブに手を掛けると、虎太郎は全力で扉を叩き秋人を脅かした。

「も~う~、心臓止まるよ~」

その場にへたり込む秋人に「どうしたんや?何か有ったか?」と虎太郎は嬉しそうに笑顔で見下ろす。

「何かじゃないよ~、やっぱり鍵も閉まってたし~」

力無く秋人は反論するが「何が怖いねん!シバくぞ」と虎太郎は当然のように全く聞く耳を持たない。

「そう言えば、なんでギター覚えたいの?」

これ以上の被害を避けてか、話しを逸らす秋人に「男なら目指すはビックマネーやろ」と虎太郎は片手でマネーマークを造り笑顔を返す。

「ビックマネーって‥‥」

返す言葉も見付からない秋人に「お前も男なら大きくいかなアカンぞ!」と虎太郎は手本を見せるかのように男らしく背筋を伸ばす。

「何か先生みたいだね‥‥」

情けなくうらやましがる秋人に「アホか!お前はギターの先生やろが!」と生徒らしさのかけらも無い虎太郎は笑顔を返す。

「でも‥‥思いつかないな‥‥、そうだ一緒にバンドやろうよ!」

「ああ、ええよ!まあ音楽性の違いはなさそうやしな」

虎太郎が手を差し出すと秋人は慌てて握り返し、二人の約束は成立する。

こうして先生と師範だった二人は、この夜バンド仲間に変わっていった。

 

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