66<天敵>
66<天敵>
数日間は食事の準備や資材の管理等を手伝っていたエミリだが、休日を貰えたのでギルドに依頼を探しに来ていた。
「薬草採取か、コレなら良いんじゃないか」
「うん、頑張ってみる」
クーガーに乗り森に着くと、ギルドで貰えた地図を頼りに目的地へと向かう。
マオーは今日もレンガ運びだから、久しぶりに親子水入らずの時間だ。
森と云っても街に近い場所なので、受付の説明では盗賊も出ないらしく。
魔物に遭遇しても不安は無いので、気分的にはつくし狩りと変わらない。
だからと云って魔物と戦うのは面倒なので、此処まで遭遇していないのは平和だと云える。
「良い天気だな……」
辿り着いた森の中で木漏れ日を見上げて呟くと、頷くエミリも同じように見上げている。
今頃レンガを運んでいるであろうマオーには悪いが、やはり親子水入らずの休日というのは良いものだ。
「この辺じゃないか? 」
エミリの持つ地図が示す目的地では、この辺に黄色の花が咲いているはずである。
「あった~」
茂みを掻き分け、薬草を見付け喜ぶエミリの声が響く。
其れと同時に、背後から話し掛けてきた若い男の声が聞こえる。
「やっと見付けたよ。街で見かけなくなったから、違う町に行ったかと思っちゃった」
随分馴れ馴れしいが、仲の良い街の作業員仲間ではない。
だが顔には見覚えが在る。
「……確か、阪口 ケータだったか」
確認しようとした自分の言葉を聞いて、若い男は唐突に笑いだす。
「そんなの偽名に決まってるじゃない、本当の名前は黒原セト」
ひとしきり笑い終えるとセトは名乗り始め、確認するように辺りを警戒している。
余程猫を被っていたのか、面接に来た頃と雰囲気や喋り方全てが違う。
噂の黒髪。まさかな……、流石に有り得ないだろう。
だが口角を片方だけ上げるセトの笑顔は薄気味悪く、危険な空気を纏っているのは事実である。
一応警戒した方が良いか、そう思ったのも束の間。
「異世界って良いよね、チートなスキルが集められるんだから最高でしょ」
セトは愉しそうに話しを続けながら、目前まで歩み寄り。
距離が近付いた途端、隠し持っていたナイフでエミリに斬りかかる。
静かな森にエミリの悲鳴が響く。
樹の根に躓きエミリが転けたのでナイフを避ける事が出来たが、セトは更に追い打ちを掛けようと迫っている。
すぐさまエミリのポケットから飛び出て、セトの前に降り立ち。
向かい合う戦闘状態になったが、薄気味悪いセトの笑顔は消えない。
「小さいね~ そんなんで本当に戦えるの? 僕のスキルホーネットスティールは三回攻撃ヒットすると、スキル奪えちゃうから只の鳥になっちゃうよ」
そう言ってセトは馬鹿にしたように、乾いた声で大笑いをしている。
凶悪なニュースを観て驚く事は在るが、実際に目の当たりにすると驚くなんてもんじゃない。
対面した恐怖で、手足の震えが止まらない。
セトの言う通り本当にスキルが奪えるなら、自分とエミリには天敵とも云える存在だ。
躊躇いもなく娘を切りつけようとする、こんな冷酷な奴に自分は勝てるのか?
考えている暇は無いが、逃げる気は無い。
其れが例え、勝ち目の無い天敵で在ろうとも。